第二章

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 決して、残虐なのではない。ただ純粋であるがゆえに、先生と呼び崇める、近藤の為ならば何でもするという危うさを併せ持っているのだ。それを土方は、これから何度も利用していくことになる。  結局、活躍の場だと期待していた騒動は起こらず、後に言う“七卿落ち”は無事に終わった。  まだ暑い日の夕暮れ。常連の色男が見世の暖簾を潜った。 「月野、居るか?」 「……あら! いつもおおきにぃ。月野ならいてますよ」 「そうか。上がらせてもらう」  女将は、ずっしりと重い大小二本を受け取る。 「……土方はん!」  つい呼び止めると、土方は振向き様に目を合わせる。 「いえ、ごゆっくり……」  あの子のこと、慰めたって下さい!  その一言は言えなかった。  先日の政変後、壬生浪士組は会津藩主から“新撰組”の名を賜った。  この名は会津藩の軍制度に古来から在る隊に由来するもので、近藤は由緒正しい名だと喜び、土方は使い回しじゃねぇかと釈然としなかった。しかし本格的に京市中の巡察を任せるとの事なので、やっと張り合いのある仕事が出来る。  もう壬生浪なんて呼ばせやしない。  そんな事を話している間、月野はいつもより沈んでいるように見えた。いや見えるわけでは無く、寧ろいつもより愛想が良いくらいだ。土方の話を嬉しそうに聞きながらも、瞳の底が悲しみを語っている。 「月野……お前、何かあっただろう?」  すると月野は、その指摘が意外な様に眼を丸くした。まさか、気付かれるとは思っていなかったのだろう。 「……いいえ……」  小さく(かぶり)を振る月野に、つい真剣になる。 「お前にとって、俺はまだ、ただの客か?」  一瞬真っ直ぐ見詰めたかと思えば、今度は下を向いた。そして俯いたままの消え入りそうな声で、か細く話した。 「十綾姉さんが……死んでしまったんです。……大好きな人に身請けされて……幸せな……はずだったのに……すぐ、病気になって……」  白い、小さな頬を涙が伝う。  土方は恐る恐る、髪を撫でた。触れると本当に小さく、まだほんの少女だと思い知らされる。いつもガキだとか言ってしまうが、細い肩を震わせて泣くばかりの小さな女だ。  腕が、抱きしめたいと言っている。悲しみを全て流してやりたいと。
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