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どう考えても自分が悪いのに、ぶつかってしまった相手に先に謝られてしまったと。
「いいえ! わたしの方こそ、申し訳ございません!」
お辞儀をしたときに無意識に目にした腰元は、一本の刀も佩いていなかった。
青年は安心した顔になり、直後に頬をさっと赤くした。
「すみませっ……!」
握ったままだった手は慌てながらも優しく離された。その手を仙台平の袴の後ろに隠す。暖かい手を少しも嫌だと感じなかったから、少女としては謝られるのが不思議にすら思えた。
「ソージが悪いんやで! ひょろひょろ走っとるからぁ」
「ミチがそうじの手ぇひっぱっとるからやろぉ!」
周りにいた子ども達が口々に言った。小さいけれどしっかりしている。こんなに遅くまで遊んでいるのは壬生村の子でもだからだ。
「ああ! ねえちゃんケガしとるで!」
足首が腫れていて、少しでも動かすとズキズキと痛んだ。挫いたらしい。今夜、ちゃんと舞えるかなぁ……なんて、本気で心配しているのかよくわからなかった。
「あっ……僕に、送らせて下さい!」
「ソージ、おぶってあげればええやん!」
確かに、くすぐったいような嬉しさを感じていた。
けれどこの青年には絶対に、知られたくなかったのだ。
自分が島原の女だとは。
「いいえ、一人で帰れます」
そんなつもりはないのについ、冷たく突き放すように言ってしまったことをすぐに悔やんだ。
拒絶した理由と同じくらいの強さで、良く思われたい。
「……そうですか……ごめんなさい……」
また、謝られてしまった。悪いのは自分だと歯噛みした。
青年はシュンとしてから、小声であっと呟くと、懐をゴソゴソ探り始めた。
「……これ! 打ち身の薬です。なんと、焼酎で飲むんですよ!」
手渡された袋には“石田散薬”と大きく書かれていた。
「焼酎で……?」
疑っているわけではないが、ついしげしげと袋を見ていて礼を言う間もなく、青年はその場に俯き、土に棒切れで何かを書いている。
“総司”
「僕、総司っていいます!」
しゃがんだまま少女を見上げ、にっこり笑いかけた。
「あ……わ、わたしは、月野と申します」
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