第一章

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 どう考えても自分が悪いのに、ぶつかってしまった相手に先に謝られてしまったと。 「いいえ! わたしの方こそ、申し訳ございません!」  お辞儀をしたときに無意識に目にした腰元は、一本の刀も佩いていなかった。  青年は安心した顔になり、直後に頬をさっと赤くした。 「すみませっ……!」  握ったままだった手は慌てながらも優しく離された。その手を仙台平の袴の後ろに隠す。暖かい手を少しも嫌だと感じなかったから、少女としては謝られるのが不思議にすら思えた。 「ソージが悪いんやで! ひょろひょろ走っとるからぁ」 「ミチがそうじの手ぇひっぱっとるからやろぉ!」  周りにいた子ども達が口々に言った。小さいけれどしっかりしている。こんなに遅くまで遊んでいるのは壬生村の子でもだからだ。 「ああ! ねえちゃんケガしとるで!」  足首が腫れていて、少しでも動かすとズキズキと痛んだ。挫いたらしい。今夜、ちゃんと舞えるかなぁ……なんて、本気で心配しているのかよくわからなかった。 「あっ……僕に、送らせて下さい!」 「ソージ、おぶってあげればええやん!」  確かに、くすぐったいような嬉しさを感じていた。  けれどこの青年には絶対に、知られたくなかったのだ。  自分が島原の女だとは。 「いいえ、一人で帰れます」  そんなつもりはないのについ、冷たく突き放すように言ってしまったことをすぐに悔やんだ。  拒絶した理由と同じくらいの強さで、良く思われたい。 「……そうですか……ごめんなさい……」  また、謝られてしまった。悪いのは自分だと歯噛みした。  青年はシュンとしてから、小声であっと呟くと、懐をゴソゴソ探り始めた。 「……これ! 打ち身の薬です。なんと、焼酎で飲むんですよ!」  手渡された袋には“石田散薬”と大きく書かれていた。 「焼酎で……?」  疑っているわけではないが、ついしげしげと袋を見ていて礼を言う間もなく、青年はその場に俯き、土に棒切れで何かを書いている。  “総司” 「僕、総司っていいます!」  しゃがんだまま少女を見上げ、にっこり笑いかけた。 「あ……わ、わたしは、月野と申します」  
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