第二章

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 初めて逢った夜の様に、今抱き寄せたらきっと抵抗はしないだろう。その理由は過ごした日々の違いとも言えるし、月野もあの頃よりは芸妓という仕事に慣れ、まさか客を引っ叩きはしないだろうからとも言える。  だが土方は、いつからか誓っていた。  俺と月野が客と芸妓の内は、絶対こいつに手を出さねぇ。  金を使って言う事を聞かせるのは死んでも御免だ。折角の誓いが今、月野に触れたら、正直守る自信が無い。  ただずっと、小さい頭を撫でていた。  本気で触れても自分を抑えられる程の理性に自信が無く、一緒にいるくらいしかできなかった。  土方としては情けない夜だったが、月野はその掌に安心して素直に泣けた。  その後、月野は天神揚がりをした。  名を変えるのが普通だが、全くその気は無かった。それが土方には堪らなく嬉しかった、という事は冗談でも言わない。 一、士道ニ背キ間敷事 一、局ヲ脱スルヲ不許 一、勝手ニ金策致不可 一、勝手ニ訴訟取扱不可 一、私ノ闘争ヲ不許 右条々相背候者 切腹申付ベク候也 「ッたく、(えら)いもん作ってくれたよなぁ」 「つか、破ったら切腹ってマジかよ!」  永倉が深く溜息を()き、原田は昔にしょうもない理由で切腹した時の古傷辺りを摩りながら目を剥くが、土方は悉く無視をする。 「始めに言って置く。この法度は、局長や副長だろうが、隊長でも関係ねぇ。……いいか? 新選組を支配するのは人間じゃねぇ。この法だ」  新選組は既に約二百五十人の大所帯。脱藩浪人、農民、商人……中には何処の者とも知れない荒くれも、腕さえ良ければ入ってくる。志有る者、無い者。ただ宿と食い物、そして毎月支給される手当を目的に入ってくる者。  それを許し、纏めるには規律が必要だ。それも、かなり厳しいものが。 「“士道ニ背キ間敷事”は少し曖昧過ぎやしないか? どんな時に罰せられるんだ」  得意げな顔してやがる、とでも言いたげな顔で聞いていた永倉が問う。 「敵を逃がせば切腹。敵に背を斬られれば切腹。戦闘時、刀に血の一つも付いていなければ切腹」  全隊士を集めた広間にどよめきが増す。   そんなんでこいつらが連いていけるかよ、とは幹部の誰も、平隊士を前には口に出さなかった。  この数日後、芹沢の腹心である副長・新見錦は切腹する。罪状は、士道不覚悟。
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