第二章

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 そう返す唇は、軽い口付けに止められた。 「お梅を……妻にする、と」  耳元で響く、掠れた低い声。その声に最期まで酔いながら、お梅は瞳を閉じた。  文九三年九月十八日。  今夜島原の角屋扇の間で、新撰組隊士総揚げの大宴会が催される。  最も有名な遊郭の一つだが沖田は“その辺り”には詳しくなく、実はここに来るのは初めてだった。  人を斬ることも。  酔って眠った所を襲う作戦。決行する五人以外には絶対に知られてはいけない。原田など永倉と仲が良いから大変だ。  まばゆく輝く豪奢な衣裳。絢爛な舞姿。  直視できず、沖田は目を伏せていた。耳に、爪弾く三味線の音が響いた。  一方月野は、皆さん、わたしが土方さまの恋人だとか思っているかもしれない、と少し恥ずかしそうにしている。  何せ市中を歩いていても、 「副長はんと仲良ぉね!」 なんて声が聞こえてくるのだ。  天神として初めて舞った。これが、十綾が立っていた舞台。   同じ様になんて無理としても、せめて近付きたい。天神の名を背負う者として、がっかりさせるような舞は絶対にしたくない。  わかっているのに、緊張で隊士達の方を全然見られなかった。  舞が終わりしばらくすると、すぐに土方に呼ばれた。  すごく楽しそうな隊士を前に今日、月野はやっとわかった気がした。  みんな怖いなんて言って嫌うけれど、そんなことない。この人達は京に住むわたし達に害を与えたことは一度もない。“天誅”はなくなったし、夜でも安全に歩けるようになったじゃない。  感謝しなくてはいけない人達なのに、と。 「この()が噂の月野天神か?」  そう言って、男前と名高い原田の顔が月野を覗いた。 「おぁっ! “副長様”ぁ? 随分面食いですなぁ」 「たりめぇだ。孔が空いてりゃなんでもいい“左之様”とは違ぇんだよ」  えーっと……とりあえず、今夜は“公用”では無いのですね……って、最低ー! ギロリと土方にだけ睨み、酒を持ってくる、という口実で席を立った。   
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