第二章

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 長い廊下だ。その頃沖田は宴会を抜け出して、渡り廊下に腰掛けて庭を見ていた。手入れが行き届き、柔らかい橙色の灯に照らされている。     宴会では、近藤、土方、原田……策を知る者、知らぬ者……皆が芹沢に酌をしていた。原田など、あんなに呑んで大丈夫かとヒヤヒヤするくらい、わざといつもより、はしゃいでいたのだろう。山南は沈んだ顔をしていた。  皆本当は、芹沢が好きなのかもしれない。  戻らなきゃ!  自分だけこんな所に逃げて来たのだと、沖田は立ち上がり、振り返った。 「きゃあっ!」  ぶつかったその人が転ばないように、慌てて腕を引き寄せた。  子どもみたいに細い。羽根みたいに軽い。  月野と初めて会った日をふと、思い出した。 「すっすみまへん!」  慌てて顔を上げるその姿は、艶やかな黒髪を結い上げ、細やかな装飾が施された髪飾り。一際煌びやかな、でも上品な衣裳。  本当に、天女みたいだ。 「月野!」  呼ばれて振り返るその先には、土方。  咄嗟に手を離した。そう、初めて会った日と同じ様に。  一瞬で、全てを理解したから。  あの土方が、息を切らせて女を追う。最近入れ込んでいるという噂の天神……月野がそうだと。 「なんだ、総司。お前こんなとこでサボってたのか? 月野、前に話しただろう? こいつが沖田だ」 「“初めまして。月野天神”」  蒼褪める彼女を見つめる僕の顔は、ちゃんと笑えているだろうか。  沖田は気遣いながら、いつも通りに微笑んだ。  総司さんに……総司さんに知られてしまった……!  どうしよう……!  医者の娘だなんて嘘をついたりして、それが島原の芸妓だなんて! ――初めまして。月野天神――  月野は何度も響くその声に苛まれるばかりで、沖田が新撰組隊士だということは全く構わなかった。  絶対に、軽蔑された。 「月野!」  今度は女将に呼ばれて我に返る。 「あんた何しとんの! ぼーっとして!」  まだ宴会の最中だというのに小声で注意され、やっと周りが見えた。  芹沢がいない。軽く見渡すと、土方、山南、井上、原田……沖田も帰ってしまったようだ。  
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