第二章

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 あれから黙っていることしかできなかった。  総司さんに謝らなければ! ……でも……なんて言えばいいの?  今夜会わなければ、ずっと会えないような気がした。  何を言ったって、ただの言い訳にしかならない。  それでも初めて、やっとわかった。  総司さんが好き。  会えない時間の、知らなかった切なさ。自分を晒け出せないもどかしさ。そして、会えたときの時間の疾さ。  表せる言葉は一つだけだと。 「お母さん、お願いします! 一生に一度、このお座敷だけ抜けさせてください!」  ひどく驚いていた。  呆れられてもいい。天神の座を捨てても構わない。 「ええよ。何するんか知らんけど、気ぃ付けてね」  そっと見送り、傘を手渡す。  月野は新撰組屯所へと走った。  どう謝るかは会ってから考えればいい。もう一度話してくれたなら……もう一度“わたし”を見てくれたなら、それだけで。  外は土砂降り。ひたすらに、走った。  新撰組だと知られた。  どう、思われただろう……?  怒り。  悲しみ。  侮蔑。  ……恐怖。 「総司、聞いてんのか」 「えっ! はいっ」  あ……。なんだ。  土方さんが新撰組副長だと、当然知っている筈。僕はその、仲間だと思われただけか。 沖田は、最も信頼される隊士の顔に戻る。 「しょうがねぇな……もうじき奴等寝付く頃だぜ。サンナンさん、源さん、左之は、平山と平間を頼む。総司は俺と来い」  芹沢達が眠る八木家。そこで息を潜める五人の刺客。一切の物音を、激しい雨と雷が掻き消した。  部屋に入ると、土方の読み通りに皆酔って熟睡していた。でっぷりとした腹を出して、高らかに(いびき)をかいて眠る芹沢。ここまで酔った時、昼まで起きて来ないのが常だった。その様に普段苦い顔をしていた土方だが、今夜はその悪癖に助けられている。そして隣には、愛し気に寄り添うお梅。  土方の言葉が頭を()ぎった。 ――…… 「万一、目撃されたらそいつも生かして帰すな。勿論、同衾(どうきん)している女もだ」  そんな! 「待ちたまえ! 女達に罪は無いだろう」  沖田が口を開く前に、山南が正論をぶつけた。それを予測していた様に土方は務めて冷静に、一人ひとり見据えながら告げた。
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