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芹沢は、自分を斬りに来た男達は見ようともしない。じっとお梅の亡骸に目を遣り、呟くように言った。
「無粋……」
「あぁ?」
土方は気が立って、すっかり昔の“バラガキ”に戻っている。
「無粋だなぁ、土方。隣を見てみろ。差しでわしと戦りたくて疼いているのがわからんか?」
完全に見抜いている。
そう、僕は……あなたと真剣で立ち合ってみたかった。
沖田はハッとして、目を畳に落とした。
土方には知られたくなかった。
僕は今……人斬りの顔をしている。
それも、極めて酷薄な。
山南、井上、原田の三人にも、沖田の声は聞こえていた。平山と平間の部屋にそれぞれ近付いて行く。
土砂降りの筈だった雨の音も轟く雷の音も聞こえないくらい、緊張で麻痺している耳に驚くべき科白が入ってきたのだ。
相手は“あの”芹沢鴨。
実戦には滅法強い“土方喧嘩剣法”と天然理心流皆伝の二人掛かりでも、目を醒まされたら敵うかどうか。しかも噂では、酔えば酔う程強いらしい。
身震いの衝動に駆られる内、山南は平間が寝る部屋の襖を開けていた。相手の実力差を考え、井上は原田の背へ。
「おや……? 糸里天神がいないようだ」
糸里とは、平間の馴染みだ。
逃げたか? 女ってのはおっかねぇ。だが、これで斬らなくて済む。
原田は幾分ほっとしながら、すぐ隣の平山の部屋を開けた。
ん……? こっちの妓も居ねぇ……。
「うおぁっ!」
不意に放たれた抜き打ちを、背中を反らし辛うじて避けた。起きていたのか。いや、沖田があれだけ大声で喚けば普通は起きる。
「貴様等ぁ! 芹沢先生への恩義を忘れたか!」
返す言葉も無かった。
元は“将軍警護の為”という名目で江戸から集められた彼らは、浪士組発案者・清河八郎の真の企てが尊王攘夷活動であると知り、江戸に帰るというのに背いた。
京に残り、幕府の為に身命を賭して戦うのだと。
しかし武士でも無い彼らに後ろ楯などあるわけが無い。唯一芹沢だけが、藩主が京都守護職である会津藩士に顔が利いた。
そのおかげで、歴とした“役目”と“使命”を得たのだ。芹沢がいなければ、何も出来ずに路頭に迷っていたかもしれない。
その恩を……今夜、仇で返す。
芹沢から見たら、大した悪人だ。
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