第二章

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 槍を構える原田の腕に力が入る。平山は隻眼の剣士。当然見えない右側を狙いたい所だが、この男の場合右への攻撃にはムキになって打ち返すので絶対食らわせられない。 「……行くぜっ」  もう一方の襖を景気良く蹴り倒し、剣先を合わせる頼もしい井上に声を掛けた。  当然、原田の声も土方と沖田に聞こえていた。 「土方さんっここは僕に任せて! 行って下さい!」  目を合わせられないまま言った。芹沢が如何にも愉快そうにしている空気を感じながら。 「ッ馬鹿! 出来るか、んなこと!」  確かに道場では一番強かった。他流を極めた永倉や原田を、稽古では子ども同然に扱う少年。道場主の近藤をも、本気になれば凌ぐかもしれない。  だがそれは、竹刀での話だ。命を賭けた斬り合いとは話が違う。剣術が上手いのと、勝負に……真剣を遣う殺し合いに強いのとは全く違うのだ。 「……おねがいします!」  しかし土方は、このいつまでも少年のような男が、自分には剣しか無いと思い込んでいる事を知っている。周りが何と言っても、剣の無い自分は誰にも認められないと決め付けている事を知っている。  沖田は武士の家に生まれたが、食うのに困る程貧窮した実の家族に、口減らしの為試衛館道場に預けられた。  ほんの九歳の時だ。  その道場の跡取りが近藤だった。子ども嫌いの道場主の妻に疎まれながらも、雑用に働いている沖田を呼び出して少しずつ剣を教えてやったのが。  沖田は……早死にした父親に重ねる様に慕っている。恩人である近藤の役に立つ事が生きる全てなのだ。  生き甲斐を、奪えるか?  誇りを奪えるのか……? 「しょうがねぇな」  絶対眼を合わせない沖田に、到底叶わなそうな願いを言った。 「何か合ったらすぐに呼べよ」 「始めるか、沖田」  沖田は咄嗟に抜刀し、構えた。  天然理心流・平晴眼。常道の正眼よりも、やや右側に剣先が寄る独特の構え。普段ならよく、右側に寄り過ぎだと注意された事も、土方などさらにひどく左小手がガラ空きになっていた事も思い出すが、この時はそんな余裕など有る筈もなかった。 「お前、怖くないのか?」  芹沢は軽く破顔した。  
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