第二章

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 ……そんなの、怖いに決まっている。  目の前には、江戸を代表する三大流派の一つ・神道無念流の皆伝者。それも角刀取りの肥腹を両断した、沖田の怯えを手に取る様に知っていながらも敢えてこんな質問をしてくる、芹沢鴨。  そして、互いの手には勿論真剣。勝ち負けの問題ですら無い。この一戦で、確実にどちらかが死ぬ。 「イヤだなぁ、芹沢さん。怖いわけ無いですよ」  つと、一足一刀の間合いに踏み入れた。刃を横に寝かせながら。  「流石は沖田」  その言葉を最後まで聞かず、諸手突きを繰り出した。余裕の(てい)で躱される。 「逸るな。夜明けは遠い。その命、少しでも(ながら)えよ」    まさか……まさか、躱されるなんて!  払われた刀を、また素早く芹沢の喉元に合わせた。 「突きが得意とは、珍しいなぁ」 「いえいえ。僕が得意なのは、この笑顔くらいです」  元来、突きは死に技と呼ばれ、実戦で使う者は殆どいなかった。上半身が伸びきり、失敗すれば隙だらけ。技が成功しても刀が相手の肉に食い込む。その間に今際(いまわ)の斬撃を受けるか、もしくは別の敵に斬られてしまう。  しかし沖田は違う。芹沢程の腕力を持たない代わりに、俊敏さを手に入れた。  一度突いた刀を引いて、もう一度突く。刀を寝かせるのは、命中しなくともどこかに必ず傷が付けられるからだ。  二段突き。沖田必殺の技。  新撰組の稽古では、一つでも必殺技を身に付けておけと教えている。真剣を遣う者にとって、一人の相手と斬り合うのは生涯一度だけ。道場試合とは違い、一度遣った技を見切られる“次回”の心配が無い。絶対に相手を殺す事が出来る技を持っていれば、勝ち続けられる。  今使わないでいつ使う。初めてこの技で、芹沢を斬る事を決意した。 「今度は儂から行くぞ」  芹沢は剣先をゆるゆると上げ、上段に構えた。とてつもなく大きく感じるのは、その体躯のせいだけではない。 「くっ」  重い……!  途端、打ち込まれるのをやっとで止めた。それでも向かってくる剣は止まる事無く、四方八方から次々と繰り出される。棍棒を振り降ろした様な重圧の一撃一撃が、躰の一部かの様に柔軟に攻めてくる。    こんなに力強いのに、どうしてここまで疾いんだ。  負けるかも知れない。    
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