第二章

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 十年以上剣術に生きて、初めて覚える心情だった。  いや、それよりも。  死ぬかも知れない。  そしてそれ以上に。  ……僕は剣でさえ、人の役に立てない……! 「僕はあなたを倒すっ!」  今まで道場試合をしてきて、沖田は常に冷静だった。こう来たらこう返す。自分の得意な技を決める為に、わざと隙を見せて相手を誘う。稽古の全ての成果を出せるよう、一秒一秒緻密な判断を繰り返すには冷静でなければならない。  わかっている筈なのに。これが刀の魔力だと、身を以て思い知る。  冷静さ所か、我をも失った。焦りに。恐怖に。自分では無い何かに躰をつき動かされた。  心の臓が“しまった”と早鐘を打つ。  衝動的に大きく振り上げ芹沢の首筋を袈裟掛けに目指した刀が、鴨居に食い込み、どれだけ引いても離れない。その様に、芹沢は薄く嘲笑(わら)う。 「さらば。沖田」  結構やるじゃねぇか平山の野郎。  焦る原田と井上は、明らかに押されていた。  原田の槍は、民家の中で振るうには大き過ぎてさっき捨ててしまった。代わりに刀を遣ってはいるが、やはり慣れない。  永倉に稽古つけてもらっていればよかったと今更に悔やむ原田に次々と斬り付けてくる平山。脚に怪我を負い、疲弊する井上。 「左之助ぇ!」  刀が折れた。猛攻をまともに受け過ぎた刀身が、ぽっきりと二つになった。  バカか俺は!  思い切り歯噛みした。  信じられないが、名工の鍛えた刀でも衝撃で簡単に折れる。毎日手入れをしてでさえ、折れる時は折れてしまうのは知っていたのに。  滅多に遣わないからと、刀の手入れを……剣術の稽古を怠っていたツケが来たのか。  よりによって今。  脇差しを抜くのも、井上が立ち上がって加勢するのも間に合わない。平山は刀を振り翳した。  勢い良く、鮮血が噴き上がる。  その血は原田のものでは無く、ついさっき勝ち誇った顔でいた平山のものだった。 「……ッひじ……か、た……」  血に(まみ)れた怨みの形相で振り返る背後には同じく血を、いや、返り血をその顔に滴らせる土方が居た。  平山は倒れた。  声を発することはできなかったが確かに最期、口元を動かした。
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