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嘘……新撰組が襲われてる!
月野の心は身の危険を怖れる気持ちより、大切な人を失う怖ればかりに支配された。
総司さんはっ、土方さまは無事なの……?
数秒で考えを巡らせながら、中に入ってしまっていた。いくら頭に血が上っていても玄関から押し入ったりしない。縁側の方に廻った。
首の皮を切り裂く、刀の走る音。
「……ひッ」
誰かが斬られた。僅かに見えるのは芹沢鴨だ。
でも悼む余裕など無かった。
芹沢の命を絶った者が、その刀に付いた血脂をヒュンッと小気味よく払う。そう、“次の為”に、刃の斬れ味を脂に邪魔されないように。
……殺される!
その場に腰から滑り落ちた月野の躰の、凍り付いて動かない脚。対して、縁側から降りて近付いてくる脚。
雷光に、振り上げた白刃と、芹沢を斬った下手人が照らし出された。暗闇に、紅い返り血を受けた姿が浮かぶ。
その黒髪には、見覚えのある紫苑の元結。
その面立ちはよく知る、逢えない時でさえ心を揺らす……確かにそのひと。
「……月野さん……」
呟くその声は……確かに。
沖田総司だった。
枷が外れた様に走った。来た道をひたすらに、月野は沖田から逃げた。
「総司!」
土方、山南、井上、原田と刺客が揃って駆け付けた時、既に芹沢は息絶えていた。
沖田は縁側の庭の先をじっと、ぼんやり見つめている
「……人に見られたのか」
「土方さん……。いいえ……見ていたのは“月”だけです」
その言葉と目線につられて空を見ると、確かに先刻まで雷雨だった筈の雲の隙間から、月が覗いていた。
第二章 了
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