第三章

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 芸妓は昼間でも忙しい。お座敷の無い時間のほとんどを稽古に費やす。 「見てみい、月野天神のあの澄ました顔。あんなおぼこい風情で男はん二人も手玉に取るんやから、ほんま大したもんやなぁ」  月野の置屋は特異なくらい、芸妓同士の仲が良かった。それも女将の人柄のおかげだろう。しかし、他の置屋の芸妓とは仇の様に啀み合っていた。  今日の稽古で初めて会った女にさえ、喧嘩を仕掛けられる。 「ちょお、待ち! うっとこの月野は土方はん一筋や! 島原におってそんなことも知らへんの!」  黙っていると、見兼ねた先輩芸妓が如何にも土方と月野の仲が公認の様に……事実はともかく実際有名だったが、庇った。すると他の置屋の芸妓が翻す。 「なんも知らへんのはあんたらの方やで!」 「同じ新選組の沖田はんと()るとこ、明里が見たんや!」  月野の顔色が変わるのを感じた先輩芸妓は、問いたげに腕に軽く触れ、背に合わせて軽く(かが)んだ。  それにも構ってられない程に、浅ましくも思った。  土方さまにも、知られてしまうかもしれない、と。 「ええなぁ。昼は沖田はん、夜は土方はんに可愛がってもろて。あの女嫌いの沖田はんもタラシ込んだんやろ? 一体どんな手管使ってはんにゃろなぁ。教えてほしいわぁ」  そして別の心は、総司さんはタラシ込まれるとかそんなひとじゃない、と怒りに震える。 「……教えたかて、あんたにはできひんやろ」 「ッなんやてぇ!」 「イキがるんは、うちより売れてからにしい。明里はん」  “初めての印象は最悪”  誰かと一緒の、明里との出会いだった。  部屋に戻ると、いつ頃かと同じ流し目と台詞に迎えられた。 「会いたかった、月野」 「わたしもです。土方さま」 「なんだ、今夜は素直だな」  この、普段の澄まし顔からは想像も付かない様な笑顔に出逢うと、訊きたかった総てのことが吹き飛ばされそうだった。  新選組の芹沢局長が討幕の志士に寝込みを襲われ、斬殺された。と、いう知らせは程なく京市中に広まっていた。  芹沢さまを殺したのは、あなたですか?  わかっているのは、沖田が芹沢を斬ったこと。  沖田は決して私怨で斬った訳ではないこと。  あの騒がしさから、暗殺を企てて実行したのは複数の人だということ。
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