第三章

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 恐らく新撰組隊士。  恐らくそれを指示できるのは局長もしくは、副長の土方。  土方が直接指揮を執っていなくても、計画は確実に知っていたであろうこと。  そして……その場に居合わせた月野を、沖田が斬ろうとしたこと。 もしかすると、今夜土方が来たのも、目撃者である月野を口封じに殺す為なのかもしれない。  何もかもを、訊いてしまいたかった。  でも土方の()振りを見ていると、月野を殺そうとしているとはどうしても思えない。  知っているなら、土方さまは必ずわたしを斬るだろう。  足繁く通ってはいるけれど、所詮はひとりの遊女。  土方さまは情で斬れない様な甘さは持ち合わせていないのだと、よく知りもしないながらも確信している。  だからこう考える方が自然だった。  土方さまは、知らないのではないか。  総司さんが芹沢さまを斬った瞬間を、わたしが見ていたことを。  そう思うと訊けなくなった。  命が惜しいというよりも、黙っていた沖田の気持ちを考えると、しようとしている行為がひどく無神経だと思った。 「機嫌がいいと思ったら、今度は眉間に皺寄せて(だんま)りか?」 「……っごめんなさい!」  ハッとすると、苦い顔で土方は笑った。 「新撰組を大きくするには、誰かが鬼にならなきゃならねぇ」  不意に呟く、初めて見せた心の内だった。 「俺がなってやる。……だから月野、俺の“人間の心”は今日からお前に預けるよ」  視線を捉え、微笑んだ。 「捨てちまっても構わねぇ。……好きにしな」  心底新撰組を思い、大きくしようとしている土方に尊敬を憶えた。周りも見えなくなりそうな境の無い愛情は、子を想う母親に似ている。  ……でも、“鬼に”だなんて……。 「……捨てたりなんかしません。あなたの心はわたしが大事に持ったまま、あなたの目が届く処にあります。だから土方さまは、ちゃんと“人間”ですからね!」  その両手を取って涼しげな切れ長の双瞳に入り込むと、土方は吹き出して、大きな声で笑い飛ばした。 「ッもう! 真面目に言ってるのに!」  出来るありったけの優しさを込めたつもりで添えていた手で軽く叩くと、輪をかけて笑った。  知らないッこんなひと! 「許せ。“人間”ってのは、嬉しいと笑っちまうもんだ」
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