第三章

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 そっぽを向いた頭を、ポンポンと軽く撫でた。 「……にしても、つくづく総司に似てやがる」  土方に触れて触れられた所がいつまでも暖かいように、その名を聞くといつまでも……同じ所が冷たく抉られるようだった。  放たれた密偵達の報告の為、指示者・土方の部屋に山崎が入ると、沖田と二人、将棋を指していた。 「ホントですか! 山崎さんっ」 「……ええ」  副長直々(じきじき)の命を受けに来る監察の山崎よりも頻繁に、それも長い時間この部屋に訪れている様子の沖田は、普段なら山崎が来る頃には気を利かせてか……というより予知している様にふらりと姿を消していたのだが、今日は何故かこの場に居て、まるで少年さながらの素っ頓狂ともいえる声を上げた。  だがこの後すぐに出動になるのでは、と予感していたのかとつい深読みすると薄ら寒い。 「やはりな……奴ら来てやがったか」  (さき)の政変後、京から追放された長州藩士が遂に討幕の意志を固め、新撰組の密偵から見れば下手な変装で京に潜り込んでいるという噂を確信した土方は、本来“同士”であるという新撰組の中で“部下”のつもりで従っている山崎でさえゾッとする程の不敵な笑みを浮かべた。 「場所は押さえてあるんだろうな」  そう訊くまでもなく 「枡屋が怪しいかと」 と付け足した。  ただの古道具商にしてはやけに人の出入りが激しく、毎日のように大荷物が……恐らく武器が運び込まれていた。 「総司、新八に連れて行ってもらえ」  クソ真面目な顔で、一番・二番隊長が出る程の重要な調査捕縛を命じる土方に、沖田は 「お祭りみたいに言うんだからなぁ」 と、からから笑った。  どういう神経の持ち主なんだこの二人。 「祭だろう? 新撰組の名を売り出しだ」  既に将軍から、近藤は大御番頭取と呼ばれ手当五十両、土方は大御番組頭で四十両、隊長格は大御番組で三十両、平隊士でさえ十両の給金を頂き、京市中取り締まりの役目と斬り捨て御免の特権まで得ていたが、この男にとっては全く足らないらしい。  常に身軽な沖田が早速部屋を出ようとすると土方は先程とは違う、本当に真面目な顔付きで呼び止めた。 「お前何だ? その咳」 「あー……夏風邪みたいです」  癖でカリカリと頭を掻きながらもしっかり笑顔で振り返る沖田に安心したようだ。
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