第三章

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「ああ。お前アレだからな」 「バカって言いたいんですかッ!」  “犬も喰わないアレ”な雰囲気で和む孟夏。  元治元年の祇園祭直前。  その史上、(いただき)寸前の新撰組、上り坂の昼下がりだった。    平服で屯所を出る沖田と永倉を呼び、隊服に胴まで付けた武田観柳斎がしたり顔でやって来た。 「私も参りましょう」  わざわざ“新撰組”の看板掲げて騙し討ちする気か。 「武田さぁん。こんな仕事あなたにお願いするなんて申し訳ないですよぉ」  愛想のいい沖田に永倉が囁く。 「そんな近付くなって」  武田は甲州流軍学を学んでいたので学者好きの近藤に気に入られ、新参ながらも永倉らと同等の地位を得ていた。  大した腕が無いからかおべっかが巧い上、男のケツを追っかけ回すと言ってもいいくらいの明確な衆道家でほとんどの隊士に嫌われている。 「野郎、手柄を取ってまた近藤さんに媚びる気だぜ」  明らかに苛つく永倉に比べ、沖田は特に嫌ってはいない風だが、さりげなく“来なくていい”と言っているのが見え見えだ。  永倉は追い返す時間すら惜しいというように丁寧に言った。 「武田さん、来ていただけるなら隊服を脱いで下さいませんかねぇ」  しかし顰めっ面のままである。  沖田はその言葉を意外そうに眺め、気持ちを悟られないようにか 「あ。胴も外して下さいね」 と、当たり前のことを付け加えて切り替えた。  道中どうやって証拠を掴むか話し合いながら、というより武田に言い聞かせながら歩いた。  でなきゃ正面から 「新選組の御用改めだ!」 などと宣言しそうだ。  店の中に向かって総司がへらっと声を掛けると、人の良さそうな顔の男が 「はいはい」 と出てきた。 「すみませぇん。ちょっと刀を見たいんですがぁー」  武田はどうだか疑問だが二人は気付いて居る。刀を見繕っている手に、ずんぐりと竹刀胝(しないだこ)がある事に。 「あのぉー。もっと他のも見たいんですけどぉ……」  沖田は両手を顎の辺りで合わせ、女顔負けの上目遣いで“おねだり”の格好をとる。  その姿に(ほだ)されてか沖田を中に入れる“店主”を、永倉は阿呆だなあと眺めた。 「どのような刀がお望みで?」 「菊一文字則宗みたいな細身の名刀がいいですねぇ」 「そりゃあ大変ですわ」
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