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肌の感触のせいか?それとも髪の匂いだろうか?いや彼女の動きがそう見せていたのかもしれない。
純真さと奔放さを併せ持ち、理由は何であれ薫の傍らに近づくと、網膜に反応を起こさせてしまう。
浴びるほど女たちと関係を持ちながら…言い寄って来る女たちを袖にしてきた男が、まるで初恋に惑う思春期に戻ったように、薫が欲しくてたまらなくなってくるのだ。
今まで交際してきた女たちとは違うタイプだからか?
それとも余りにもどこにでもいる目立たない感じだから、逆にからかいたくなったのだろうか?
ふっと微笑みを漏らす…そして自分にまた毒づく。
それから30分後、
長野は、五月雨で洗われた星空が見える離れのテラスに、部屋に備えてある白いバスローブを羽織り出て来た。
手入れの行き届いた日本庭園の奥には、太平洋の潮騒も聞こえる…しばらくぶりに立つこのテラスで、彼はこれからのことを考えていた。
長野は、テラスの錬鉄製の手すりに腕を乗せ、この季節には珍しい冷たい風に身を任せる。
自らの欲望のせいで、彼女を失うかもしれないとの不安も、しだいに芽生えてしまう…
今まで出逢った女たちの中で、ここまで心震わせる相手はいなかったのに…
彼は、遅い夕食を取ったテーブルがある和室に戻った、美しい女性(ひと)を振り返った。
タイアップ企画の担当者同士という単純な関係に、戻る道を見つけなければ…しかし…いったいどうすればいいのだろう?
その日の午前中、彼女の会社でもある大手広告代理店・会議室に出向いた時に、ドアを開けるなり聞こえて来た柔らかな声に、まず興味をそそられた…
それから、黒縁の眼鏡と飾り気のない服を身に着け、黒髪を一本のほつれ毛も残さないようにまとめて、とことん平凡に見せかけていたこの若く美しい女性(ひと)に…
「彼女を愛しているの?」「そうなのね?博さん」薫が和室から声をかけた。
長野は、和室にいる愛らしく美しい女性(ひと)に注意を戻す…
薫は今まで付き合って来た女たちとは違う…ぽっちゃりとした薔薇色の頬と、健康的に輝く肌と豊かな体を持ち、髪は絹糸のような黒髪だ。
薫は凡庸(ぼんよう)で、世間知らずで、他人に利用されてしまうお人好しに見える…そして正直過ぎる…
今でさえ、不安そうにこちらを伺う彼女の瞳の中には、傷つきやすさが見て取れた…
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