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その街に住む薫と、こうして肌を重ねた瞬間(とき)に、王朝の華・源氏物語絵巻に書いてある公達(きんだち)の想いが乗り移ったような気がした…
「この企画を進める上で、このレベルまでと、まず決めたくないんだ‥」「えっ!それはどういう意味ですか?」
「レベルを決めてしまうと、それに合わせようとする気持ちが起きて、面白味が無くなってしまう!と、僕は思うからね…」
「立花さんは、レベルについて、どう思うか?初めに聞かせてくれないかな…」
長野は、初めて薫と顔を合わせた会議室で、一回目の休憩中に、こう彼女に問いかけた。
「わたしもおっしゃる通りだとは思いますが、レベルの線引きは、必要だと思います!」
「依頼してきた高齢者施設側も、進捗状況を早く知りたいでしょうし、途中経過としてあちら側に説明する時に、ここまでのレベルまでできたという結果を、示せばいいのではないでしょうか…」
長野は薫が、「こんな問いかけはどうかしている…」と言い残して、会議室を出て行くのを待った。
しかし意外にも、彼女はただ冷やかな黒い瞳を向けただけだった…
「わかりました…長野さんは、この分野のスペシャリストだと伺っています…」
「当然この企画の趣旨も、よく理解されているのでしょう。言葉が過ぎました…申し訳ありません。」
薫は額に皺を寄せて、冷やかな黒い瞳のままで僕を見た…彼女にとっては、僕と組むこの企画がどのように進むか?、関心はないのか…
もしそうならその黒い瞳の中に映る僕は、ただの通りすがりの相手に、過ぎないのかもしれない…
「この分野のスペシャリスト?」長野の声が尖った…「ええ、わたしはこの分野は、素人ですから。」
長野は、疑わしげに眉を上げた…「素人?」
「そうです。あなたの足下にも及ばない…物足りないと思いますよ」
彼女は、春の日差しが差し込む会議室の窓に近寄り、雲を眺めながら答える。この時に見せた、氷のように孤独な微笑みが、長野の心に湧き水のように染みていった。
休憩後再開した杉原・香川・長野・薫の打ち合わせでは、薫は杉原の指示に従い、香川と長野の意見を淡々とまとめていた…
その姿からは、凛とした態度に隠された、温かな心を見てとれた。
薫は、そのことに全く気づかないようだったが、その瞬間(とき)すでに薫に惹かれ始めていた長野には、友達のハードルを一気に飛び越える勇気を、与えてくれたのだ。
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