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「ちづるさんもわかっているさ…僕が君をこの離れに連れて行くって話した時、『やっとこのようなお手伝いができるわ!』って涙ぐんでいたからね…」
「薫のいい匂いで目覚めたから…気分がいいな!」「…っ!」
薫が視線を反らそうとすると、長野は、薫をまた腕に抱き寄せようとする…
それから「博さん…わたし…」と、答えようとした薫の唇に指をそっと当てて、黒い瞳を覗き込んだ…
そして気がつくと、ふっくらとした珊瑚色の唇の甘さを惜しむように、彼はまた唇を重ねてしまっていた。
「一緒に檜の露天風呂に入ってもいいんだけど…」「…・」
「それは…ダメ…」「どうして?」
「陽光の下で肌を見せるのは、恥ずかしいの…」
「あなたが、今まで付き合って来た女性(ひと)たちに比べれば、胸も小さいし…」
「あなたを虜にしておける程の容姿だなんて、お世辞でも誰も、思わないでしょう?」
「そうかな…」「…っ!」
長野の眼が、梅雨の晴れ間の空の下で、榛(はしばみ)色に変化していくのを薫は、不思議そうに見つめている…
その様(さま)をチラリと見て、長野は眉を僅かにひそめて、彼女の反応を理解しようと頭を働かせていた。
薫は、【自分が男にどのような影響を与えるのか…】気にならないのか?それとも意図的に気づかないふりをしているのだろうか?
彼女に具(そな)わる丸みを帯びた優しい曲線に、そそられない男などいないはずだ!
ビジネススーツを着ていても、豊かな膨らみはよく判る…目立たないように…世間の関心をひかないように薫がすればするほど、隠されている美しさが、滲み出て来ているというのに…。
その瞬間(とき)トランジスタグラマーという言葉が、長野の頭に浮かぶ…まさにその言葉がピタリ!だと、悪戯っ子のような視線を薫に送った。
薫は向けられた彼の目線が、何か言いたげに感じたのか、訊ねる…
「博さん…どうしたの?」「…」
薫に声を掛けられて、彼はハッとなった。「ごめん…何でもないよ…」
「それならいいけど…疲れが溜まっているのに、無理をさせたのか…と思ったの…」
「こんな素敵な離れで過ごさせてもらっただけでも、ありがたいのよ…」
自分の方こそ、彼女をここまで連れて来て、無理強いさせたと思っていたのに…
僕を責めると、間違いなく思い込んでいた。しかし薫の口から出た言葉は、逆に僕を気遣うものだった…
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