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ほっとしたように微笑む彼女を見て、これでよかったんだと、長野は肩の力が抜けていった。
「ここは、裏山にある泉源からひいた白く濁っている湯なんだ…安心して!入っている間は、僕には見えないからね…」
薫は彼が、本気で檜の露天風呂に誘っていると知って、目を瞬いた…そして首を横に振る。
「もう朝食を持って来ていただくように、ちづるさんに電話しなきゃいけないわ…今夜宿泊する方のために、部屋を整える時間も必要でしょう?」
「ちづるさんのことだ。準備は抜かりないと思う。それに今夜までここに泊まるようにしてあるんだ…」
「えっ!」「わたし…会社に休暇届出していないわ!」薫は、小さく声をあげて僕を見つめる。
「君にはまだ話していなかったけど、実はここに来る前、場所を変えて薫と企画を進めるって、君の上司・杉原さんにOKしてもらったんだ!」
「もちろん、美優さんの上司・上川さんや香川さんにも話を通してあるし、美優さんもこのことは知っているよ…」
薫は息を深く吸い込んだ。「それでも…」
「僕と過ごすのがそんなに嫌なの?」長野は、薫の髪を弄びながらざらつく声で、訊ねる…
「えっ?」「…んなっ!!」「こんなこと初めてだから…慣れないの」
「博さん…わたし…」そう言いかけて、彼の腕から抜けようとした薫を、背中を優しく撫でる手で阻む…
それからしなやかな指を、珊瑚色の唇に焦らすように長野は走らせ、薫の言葉を遮る…
そして、この企画の担当者として側にいる間に見慣れた黒っぽい瞳から、しだいに榛(はしばみ)色に変わっていく瞳で、長野は薫に視線を落としていく。
「企画は当初の計画より進んでいるよ…君が優秀だから、もうほとんど僕が付け加えることはない…」
「しかし、君にはまだ僕との作業が残っている…」
「離れるしかないのね…」やっと聞き取れるような声を薫は出す。しかも沈んでいた…
「離れる?」「この企画の担当を、わたしが降りるんです!」
長野は、唖然とした…やがて眉をひそめる。
「ダメだ!」「僕には君が必要だ…」
「一言でいうと、昼のわたし(パートナーとして進める企画の担当者)より、夜のわたし(あなたを温める抱き枕・ひとがた)のシチュエーションの方が、気に入っているということでしょう?都合がいいから…」
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