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その声の響きが、薫を決心させた。そしてゆっくりと彼に身を任せる…
「お願い」薫はささやいた「キスして…」
暗い瞳が彼女の瞳を焦がしていく…手を伸ばしてさっと頬を撫でられ、彼の指先が羽根のように軽やかに、薫の顎を持ち上げた。
薫はその指の感触と、ほの暗く煙る彼の瞳の力強さに、体を震わせた。
心臓が狂ったように打ちつけて、息が苦しい…膝から力が抜け、このままだと彼にかしづいてしまう…
その先に見えているのは一つだけ。多くの女たちが、彼の心を手に入れようとして、虚しい試みを繰り返しては、大きな傷を負っていく…その結末を何度も目の当たりにしていたはずなのに、彼を拒めなかった。
長野はつれない素振りを見せ、容赦なく女心を切り刻む…心に正直に女たちが彼を求めるのは、毒を飲むようなものよね…
【彼には、こんな場面珍しくもなんともないはず…】
でも【うたかたの相手だと思わせないために、ベールに包んで安心させるのが、今夜のシナリオ】と、わたしに気づかれたのは、彼にとっては誤算だろうけど。
薫は潤み始めた瞳を見られまいと、視線を外して長野の腕から抜けようとする…彼女が色目を使うことは一度もなかった…
あらゆる女たちがそれなりに気を引いてくるというのに、薫はまるでこちらが男だということに、気づいてもいない態度だった。
だから欲しくなったのだ…ミステリアスな女性だ…自分の感情は決して口に出さない…過去すらも。
よそよそしい態度で、その美しさを仕事の時にかけている眼鏡と、やぼったい服の奥に隠していた。
二度と彼女に触れない…そう自分に言い聞かせていた…
しかし薫が潤み始めた黒く縁取られた大きな瞳で振り向いた時、目を引いたのは、やぼったい服の下のほっそりした体だった…その瞬間はっきりと確信した。
たとえどんな代償を支払うことになっても、今夜抱かずにはいられないと…。
指で薫の唇を軽くなぞり、柔らかく甘い唇に強く押し付ける…彼女の唇は、従順なままだった。
肌から石鹸と金木犀の匂いがした。体が欲望で硬くなっていく…
いや単なる欲望ではなかった…あってはならないとわかっていたが、これまで他の女に感じたことのない感情が、沸き上がる…
ひそやかな薫…腕の中で彼女の降伏を感じると、喉の奥に呻き声がこみあげた…
ふと気が付くと、長野は腕の力を強め、薫を抱き上げて続き間に連れて来ていた。
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