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「誰も君を知らないこの場所で、ただひたすらに贅沢を楽しめばいい!」
「進めている企画のことを、すっかり忘れて…とは言わないよ…でもここに泊まっている間は、他の人に世話を任せて、僕から喜びを受け取って欲しいんだ…」
「杉原さんと河野さんに、ここに来る前に話を聞いたんだけど、薫はここ数ヶ月、ほとんど有給休暇を取っていないって心配していたよ…」
「2人とも薫が、どの仕事もそつなく熟して成果を挙げているのは、素晴らしいと言っていた…」
「でもその一方で、疲れが取れないままに、次の仕事に取り掛かっているようにも見えるらしい」
「そんなことないのに…」「わたし…部長まで心配かけていたのね…」
長野は彼女の手首の内側をそっとなぞりながら、耳もとでささやく…
「君がまだ知らない喜びをね…」
長野は薫が答えるより先に、唇を重ねる…そして榛(はしばみ)色になった瞳で、薫を覗き込みながらようやく離すと、また耳もとでささやいた。
「諦めるんだよ…受け入れるしかないさ!ここまでシナリオが進んでいるのに、君は拒むの?」
「薫、君は僕には抗(あらが)えない…」「君は僕のものになるんだ…」
”きみは僕のものになる”薫は、彼が欲しくて息苦しくなっていく。
そして日本人離れしたその整った、冷淡な榛(はしばみ)色に変化した眼を見つめる…
ここではっきり告げなければいけない…と、薫には十分すぎるほどわかっていた。
いつもの凛(りん)とした他人行儀な態度で、わたしはただのパートナーで、あなたと今回初めて組んだ企画を滞りなく進めるためにここにいるのだと…
少なくともあなたに対して、パートナーとしての感情しか抱いていないと…しかし優しげに微笑む彼の瞳に囚われて、嘘はつけなかった。
しかも髪を弄ぶ彼の指は、炎のようだ…
「わかりました…」薫は自分でも、自ら言葉にしたとは思えないほどの落ち着いた声で、答える。
長野が身を反らし、熱い眼差しで薫の眼を探る…「いいんだね?」
「ご一緒します…」消え入りそうな声で、彼の視線から逃れようとする。しかし長野は、薫を引き寄せ腕に抱いた。
それから手のひらに‥手の甲に‥火傷(やけど)しそうなキスをした。
欲望のわななきが体を駆け抜け、さらに驚いたことにそれが、体の芯にまで届いていた‥
薫にも今となっては、お互いが求めているものを、打ち消すことはできなかった。
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