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自責の念と押し寄せる強い欲望の間で葛藤するあまり、避妊するのを、すっかり忘れていた…こんなことは、全く初めてのことだった。
長野は、夏布団に横になっている薫から眼を反らし、ぼんやりと高い離れの天井を見つめた…暗がりの中、月灯りが仄かに差し込んでいる。
【もし子どもができたら、どうする?】
「博さん…」薫が体を起こして、彼の胸にそっと手を当てた。
柔かな膨らみが、長野の胸板に触れる‥「わたしはいけないことをしたの?」
「いや‥」長野は、薫の額にかかる髪を優しく梳く…「そんなことはないよ…」
「付き合っている女性(ひと)を、裏切ったと思っているのね?」
薫は髪を梳いている彼の指に自分の指を絡めて、彼の瞳を覗きこむ。
他に付き合っている?長野は、今まで付き合って来た女たちのことは、薫が口に出すまで、考えたこともなかった。
何人か深い関係を求めて来たが、どうしても次の一歩に踏み切れなかった…何回か会ううちに、想いを受け入れられないのに気づいて、悔やみもした。
「なぜ他の女性(ひと)のことを聞くの?」「君こそ、誰かを裏切ったと感じているんじゃないのか?」
薫は絡めていた指を解くと、そっと視線を外した。「今まで素敵だなと思った男性(ひと)はいたけど、想いを伝える前にあちらから離れていったわ…」
その言葉は、何故か解らないけど、長野の心にすうっと染みる…まるでささくれの生じた心が、春の陽に撫でられた氷のように溶けていくようだった。
長野はけだるげに、薫の背中を撫でながら、滑らかな曲線と甘い肌の手触りを味わった。
「そう言われると、うれしいな…だったら、僕が君と付き合うことに何も障害はないよね?」
「でも、表向きは不味いような気がする‥あくまで仕事上の一環としてなら誤魔化せるけどね?」薫はからかうように、肩をすぼめた。
「表向きね…仕事上の付き合いか…」長野は、薫の答えに拗ねたような顔になる…
「ありがたい申し出だけど…」薫は溜息をついた。
「接し方が急に変わったら、香川さんや美優、わたしの上司の杉原と美優の上司の上川はいいとして、会社の他の部署や何よりこの件を最初に依頼された沢村先生のイメージが悪くなってしまうわ…」
「それだけは、どうしても避けたいの…博さん‥」
「どうして?ここまで君と心と体が結ばれたのに…」
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