回想  夏の記憶 Ⅲ

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 蓮は、中庭から外へ出ると来た道を引き返していた。 来た時は麓の町から、山頂まで車で20分位だった。 歩きだと2時間半から3時間もあれば、麓の町へ着くだろう。 “お見合いなんて、冗談じゃない!” 蓮は、山道を下って行った。 日差しが照り付け、スーツはすぐに汗でグシャグシャになった。 「しっかし暑いなぁ。」 口にすると、さらに暑く感じた。 喉が渇き、冷えた水が飲みたいと思った。 「自販機なんて、ねぇしな。」 大きく深呼吸をして、息を整えた。 その時、車が傍を通り過ぎハッとした。 幸い、母親の車では無かった。 「こっちの車道は、ちょっと危険だな。」 車で追いかけて来られたら、すぐに見つかってしまう。 見ると、少し先に遊歩道があった。 来た場所とは別の方向だが、この際それでも構わない。 蓮は、木々の間に整備された遊歩道を歩き出した。 用は、家に帰る事より、ある程度の時間まで母親に見つからなければいいのだ。 お見合いを企画した母親の面目は丸つぶれになるだろう。 “人の心まで支配しようとするからだ!そもそも、俺は18歳になっていない。 結婚なんて無理だろうに、なんで・・・。” そう思った瞬間、『婚約』という二文字が頭に浮かんだ。 “そうか。今回の件が上手く進み、俺と彼女と婚約したら彼女の旅館に融資をするつもりでいたのかも知れないな。” そうすれば、少なくとも花嫁は確保される。 「・・・・。」 我が母ながら、恐ろしい。  遊歩道は、木陰で涼しかったが、色んな蝉の大合唱だ。 立ち止まって、周りを見渡すと、木々の中に取り込まれそうな感覚に陥った。 誰もいない。 誰にも見られない。 「・・・・。」 蓮は、項垂れた。 “逃げてばっかりだな。” 今回の事は、母親の方が強引だったとしても、蓮は逃げた。 逃げることでしか、自分の意志を守れなかったからだ。 “弱いな・・・俺・・・” 情けなくて、涙が出た。 こんなに弱くちゃ、何も守れない。 海斗の気持ちを、大事にしたかったのに、いつか自分がそれさえも壊してしまうんじゃないだろうか? “強くなりたい!” 何者からも心まで支配されない程に。 “もっと、強く生きたい!” いつまでも好きな人と一緒にいられるように。 “でも・・・。今のままじゃ、俺はいつかあの家に潰される。” 『お前・・・アメリカへ行って勉強して来い。』 父親の言葉が頭に浮かんだ。
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