回想  夏の記憶 Ⅲ

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 蓮は一晩中、海を見ていた。夏の朝は早い。 背中から太陽が昇り、新しい朝を迎えた。 蓮は、立ち上がり公衆電話を探して歩いた。 見つからなくて、小さな店に入った。 店内は狭く、食料品や日用雑貨が売られていた。 蓮は財布を探したが、見つからない。 記憶を辿るとどうも持ってきたのを忘れたようだ。 仕方ない。ここは電話だけでも借りようか。 「すみません。電話をお借りしたいのですが・・・」 店番は、お婆さんが一人座っていた。 「おやおや。ずいぶんとくたびれた格好だねぇ。」 お婆さんは蓮の身なりを見て、驚いている。 「ははは・・・」 お婆さんは奥から電話の子機を持ってくると、蓮に渡した。 「すみません。お借りします。」 蓮は父親の会社に電話を掛けた。 父親は会社におらず、秘書からは掛けなおしますと言われた。 「ここの番号、何番ですか?」 蓮は、お婆さんに尋ねるとオウム返しに番号を電話口の秘書を伝え、電話を切った。 「折り返し、また繋ってくると思うので、ここで待っててもいいですか?」 「あぁ、いいよ。ゆっくりしなさい。」 お婆さんは、奥に引っ込むとしばらくして、お盆にお握りを沢山乗せて持ってきた。 「お腹、すいたろう?お食べ。」 そう言ってお婆さんはにっこり笑った。 蓮は、昨日の昼から何も食べていない。 お婆さんの優しさに目がうるうるとなった。 「いただきます!」 大きな声で言うと、お握りを頬張った。 お握りは、温かくて今までに食べたことが無いくらい美味しかった。 嬉しくて、泣きながら食べた。 「おや?あんまり急いで食べると、詰まらせるよ。」 お婆さんは、麦茶を蓮に出しながらほっほっほと笑った。 腹いっぱいお握りを食べて、ぼんやりと店の外を見ていた。 「若いのに随分疲れた顔をしているね。」 お婆さんは、蓮の傍に立って同じ様に店の外を見ながら聞いてきた。 「思うようにならなくて、親に逆らって・・・もっと雁字搦めになっちまって・・・。で、逃げ出して・・・でも結局親の場所に戻ることになって・・・俺、ほんと、何してるんだろう?」 蓮は、やるせなくて大きく息をついた。 「そうかい。」 お婆さんは、穏やかな顔で聞いていた。
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