回想  夏の記憶 Ⅲ

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「海斗。お前に話さなきゃならないことがあるんだ。」 「なに?」 海斗の瞳は不安で揺れている。 「俺さ、アメリカに・・・行く事にした。」 「え?」 海斗は、混乱した顔で蓮を見つめている。 「どのくらい?」 蓮は、大きく息を吸い込んで答えた。 「分らない。・・・最悪25歳まで帰れないかも・・・」 海斗は息を飲んだ。 「そんなに!?」 「うん・・・。」 25歳までなんて、今から8年もある。 彼らが今、生きてきた年月の半分位はあるのだ。 海斗の頭が思考を停止する。 蓮は呼吸が止まりそうだ。 二人の間に沈黙が訪れた。 長い時間のように思えた。 その時を恐れていたから。 本当は、これは本心じゃない。でも、今は必要な事。 やっとの思いで、蓮は伝えるべき言葉を口にした。 「だから・・・。俺の事は・・・忘れて。」 蓮は、泣きそうになる顔を見られないように海斗を強く抱き締めた。 「海斗・・・ごめん・・・。俺、お前の愛・・・守れなかった・・・だから・・・忘れて。」 海斗は耳の傍で囁かれた言葉に、どうしていいかわからずにいる。 「っ・・・・」 そして、肩が震えた。気が付くと大きな声で叫んでいた。 「嫌だ!」 その声に海斗を抱き締める蓮の腕に力が入った。 「ごめん・・・海斗。・・・ごめん。」 「うっ・・うぅ・・・」 泣き崩れていく海斗を蓮は抱き締める事しか出来なかった。 蓮の居場所の連絡が母親の耳にも入っていたようで、彼女は怒りの形相で海岸へとやって来た。 「ちょっと!どういう事なの!」 蓮と海斗が抱き合っているのを見て、二人の方へ歩いて行こうとした。 「ちょっと、待てよ。」 その前に、北山が立ちはだかった。 「あんだが、どこの誰だろうと、今の二人の邪魔はさせねぇよ?」 蓮の母親は、キッと北山を睨んだが、そんな事くらいで怯むほど彼は軟ではない。 彼も、睨み返してやった。 「今回のお見合いは、君のやり過ぎのようだな。」 蓮の父親が、母親の背後から声をかけた。 「あなた!」 「蓮に万が一の事があったら、どうするつもりだったんだ?」 「くっ。」 「今後、蓮の事は私を通してからにしてもらおうか。」 「ふん。」 母親は、踵を返すと歩き出した。 「どこへ行くのかね?」 「仕事に戻るのよっ。」 そう言い放つと、彼女はその場から去って行った。
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