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遡ること数分前。大学のキャンパス内にある果樹園の傍を、食堂で購入した紙コップのコーヒーを飲みながら歩いていた時だ。 この日は、秋本にとって久しぶりの登校だった。前回大学に来たのは、金木犀が香っていた頃。そして今日も、金木犀が風に甘い匂いを乗せている。 実に、1年ぶりの登校だ。 1年間、ほとんど家にこもっていた。 外に出るのが嫌で、人と接するのも嫌で、親や友人から連絡が来ようと、大学から原級処置の通知が来ようと、全てがどうでも良くなっていて、ひきこもっていた。 けれど、現在21歳。いくら成人しているとはいえ秋本は未だ親に養って貰っている立場だ。留年は一学年につき一度きり、と定められており、これ以上学業を疎かにしては退学となる。そんな状況を、両親も流石に黙って見てはくれなかった。 1年間、近くのコンビニ以外ほとんど外出していなかった秋本にとって、この日は軽い冒険だった。全てが久しぶりだったのだ。駅や構内で沢山の人を見るのも、5分以上歩き続けるのも。 もちろん、人と話すのも。
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