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しかし秋本からすれば、その優しい目線は自分の惨めさを助長するものでしかなかった。
なんだか親が子供を宥めているような、そんな愛情に包まれたシーンと今の状況が重なって、けれど年下の木手ではなく自分が子供の役回りであることに気がき、むっと唇を軽く噛む。
それでも木手の微笑む顔を見ると、なんだか胸のあたりがじんわりとして目が離せないのだ。
「…ベタだけど…イルカとか、」
「……そうですか」
水族館が好き、と言うのは子供っぽいような気がして。イルカが好き、と言うのは可愛らしすぎる気がして、あまり他人に話したりはしなかった。
イルカが好きな理由は単純である。幼稚園に通っていた頃、親が連れていってくれた水族館でショーを見たからだ。自分でも「それだけで?」と聞きたくなるような理由だが、初めてイルカを見たあの日、ペンギンやアシカのショーも見た筈なのに、幼い記憶に残っていたのは水中を静かに移動し空中を舞う姿だけだったのだ。
見ているだけで清々しく、美しいと思えた。水面から飛び上がる瞬間に同時に跳ねる水しぶきまでもが生きているような気がして、興奮した。
そんな派手な姿だけでなく、ただただ水の中をゆらゆらと進む姿も、秋本は好きだった。静かに、そして時折生きていることを示すかのように水中に背中を見せ、ちゃぷん、と音を立ててまた水に消える。その繰り返しを見るのが好きで、ショーの合間の人がいない時間帯にイルカの水槽を見続けていたこともあった。
でも、人間はきっと大人になるにつれて幼い日の興奮や感動が普通になってしまうのだろう。
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