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「…なんで笑うんだよ……」 「え?」 隣の男の口元が緩んでいることに気付き、迫力の欠片もない怨めしい目で木手を見た。 きっと、この男も“子供じみた趣味だな”と思っているのだろう。もし、「動物園に行ってライオンを見るのが好きなんだ」と言う奴を見たら、きっと秋本も“ああ、子供心を忘れていない奴なんだな”と思う気がするからだ。 「…俺、笑ってましたか」 「笑ってたよ。どうせ、子供じみてるとか思ってるんだろ」 「まぁ…」 秋本は、人間は正直であるべきだと思っている。しかし木手は、人間は時折正直でない方が良ということを教えてくれるのだ。 余計なことを言うんじゃなかったな、と苦いため息がこぼれる。と同時に、自分の事について話過ぎている自分に気づいて驚いた。 不思議なことに、木手の前だと人に話したことの無い話題でさえ口から溢れてしまうのだ。 自分に混乱している秋本の状況なんて知らないであろう木手は、ジュースを啜ってトレーに置いたあと、慰めるように優しい声を出す。 「でも、実は俺も魚はイルカがいちばん好きです。哺乳類ですけど」 その言葉は一層子供扱いされているような気がして、秋本は一瞬固まった。けれどあまりに優しく、そして甘やかすように言うものだから、耳が熱くなるのがわかる。 そしてまた、胸のあたりがじんわりとするのだ。 「な、なに話合わせようとしてるんだよ、バレバレの嘘ついて」 「ほんとですよ」 お得意の無表情で言われてしまうと、返す言葉も無い。こういう時にこの無表情は、本当に思っていることしか言ってないんだろうな、と相手に思わせることができるのだからずるい。 不満げに唇を噛むと、木手はふふっ、と小さく笑って言った。 「同じです、秋本さんと」
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