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木手が言った言葉は、考えてみるとおかしな事ではない。 用もないのに会う、というのはある段階にいる人間同士の特権なのではないだろうか。家族、友人、そして恋人のような。 仕事上の付き合いの人や顔見知り程度の人とは、おそらく必要以上に会わない。そういう人と会うときは、必ず“会う理由”が伴うものだ。 じゃあ、木手はどういう立ち位置なのだろう、と秋本はブクブクと水面に泡を立てながら考えてみる。 果たして、自分と木手を“友人”として定義してしまって良いのだろうか。人との関わりが発展しにくい秋本にとって、その境界線は酷く曖昧なものだ。 あの日木手の絵を汚さなかったら、木手と言葉を交わすことも、絵を描くためという理由で昨日会うこともなかった。 もし昨日自分が、デッサンの途中で眠ったりしなかったら…そしてあんな――体がおかしくなったりしなかったら、関係はスッパリ終わってしまったのだろうか。「今日はありがとうございました」と言われ、もう会うことはなかったのだろうか。 一晩共に過ごすことも、一緒に朝食をとることも………自分の話をたくさん聞いてもらうことも、無かったのだろうか。
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