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こういうときには、例え慰めの言葉でも胸に刺さるものだ。
それを知っているので、春は、簡単に話を切り上げようとしたのだ。
一方、男という生き物は、さほど利口ではない。だから、話を続けた。
明太は、カウンターに皿を並べながら、自嘲気味に、
「俺には、ああいうのが向かないのかも。」
と、言い訳を延べる。
バイト先での明太のミスは、あまりにもお粗末なことで、春には正直、なぜそれをミスするのか、信じられなかった。
それも、3件目だ。
毎回、事情は違えど、簡単なミスや、不適当な態度の多さが問題である。
春は、そうも言えないので、
「そうね。明太君には向かないのかも。」
と、流した。
明太は、手を休めた。
「とは、言ったものの、何に向くんだろうな?
俺。」
春は、野菜を切り始める。
何と答えるべきか。
本当のところ、ここしばらくバイト先で見てきた明太の姿から、こうした仕事をするには、彼には決定的に何か欠けているような気がしている。
興味のないことの覚えは恐ろしく悪い。
その代わり興味のあることは、人一倍飲み込みが早い。
お客を大事にするあまり、客が得をするためなら、店に不利になることでも勧めたりする。
金銭感覚が大雑把である。
客のわがままが過ぎたり、理不尽なことを言うと、面と向かって指摘する。
人はいいのだが、融通が効かないのだ。
春が経営者なら、雇いたくない、というのが、本音だ。
春は、言葉を選んだ。
「明太君は職人気質だから、カメラマンの助手とか?
いっそ、イケてるんだから雑誌のモデルとか?」
「滅多に無さそうな仕事だな…」
明太は、ははっと笑った。
明太の父親の仙治にしたところで、表の職業は物書きで、裏で仙術屋としてたまに入る依頼を受けているような生活だ。
勤め人には、彼らは向かないのかもしれない。
しかし、春の脳裏に浮かぶ"職業"とは、主にそういった勤め人の仕事である。
春は、話の展開に悩んだ。
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