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このようなところで寝ては、風邪を引いてしまいそうなものだが、大丈夫であろうか
老紳士の方が、立ち止まっていた吾輩に気が付いたようだ。しかし、吾輩の事を一瞥しただけで、こちらに歩いてくる気配はない。婦人に気を使ったのであろう
彼がたまに婦人に向ける顔は、愛情などという陳腐な表現では語れない、長年の含蓄を思わせるものである。齢十を数える様になっても、気ままな一人住まいを続ける吾輩には、決してできそうもない。雄とはこうあるべきなのであろうか
しかし、こうして見ていると、人の生活も捨てたものではないのかもしれぬ。このように、誰かと寄り添って過ごしておれば、吾輩もまた違った猫生があったのではないであろうか。そう思えてくる
……うむ。この時間ももう終わりなようだ。吾輩の髭がピリピリと危険を告げておる。また礼儀知らずの子供でも迫っておるのだろう。あれに捕まるのは御免こうむる
「にゃあ」
挨拶は、人間において基本というからな。吾輩に良きものを見せてくれた老夫婦に感謝を捧げるのは当然の事だ。ひと鳴きを置き土産にして、素早く身を翻す
吾輩の声を聞いて目を開いた夫人は、実に優しげな表情をするお方であった。彼らには、またいつか会えるだろう。吾輩はそう確信しながら、もうひと鳴きするのであった
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