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だからこれから向かう職場でどんな辛い目にあっても、俺は何度だって立ち上がれる。たとえ全ての責任が俺にかかってこようとも。
「いただきます」
家族はみんな出かけてしまった後の家で、俺は1人飯を食う。ちなみに、父親は単身赴任で東京の警視庁本局に勤め、母親は主婦。高2の妹は朝、剣術道場に通ってから学校に行くから家にはもういない。家事で忙しい母を除けば、実質朝はこの家には俺1人だ。
「いってきます」
程なくして朝食を済ませた俺は、誰にともなくそう言って冬の寒空へと足を踏み出した。
☆
その日の夜、やはり職場で俺にとって良くないことが立て続けに起き、ボロクソに怒られていた。自動車メーカーの工場で働いているのだが、異常はなかったはずなのに急に機械が壊れて修理することとなった。
そのおかげで労働時間12時間以上。身も心も磨り減って、最早ぼろ切れとなりながら帰路につく。
会社へ行くには家から最寄り駅に行って電車に乗り、5分揺られたあとさらに歩く。そして俺は今、会社から駅に向かう道を歩いている。
時刻は日付を跨ぐ寸前。当然真っ暗だ。車道はほとんど車が通っておらず、かなり間隔をあけて設置された街灯だけが頼りとなっていた。
12月の初めなのにもうかなり冷える。手はかじかみ、歯の根が合わない。自然と背中を丸めて歩いてしまうから、周りへの注意が疎かになっていた。疲れていて意識が朦朧となっていたのもある。
“ギギャァァァア!!!!”
「!?」
その音が俺のすぐ近くで鳴ったスリップ音だと気付いた時には、鉄の塊が背後に迫っていた。振り向いた瞬間、凍結したバナナの皮と運転手の絶望的な絶叫顏が視界を埋め尽くした。
強烈な衝撃が体を襲い、氷よりも冷たい何かが全身を包む。やがて真っ暗になる視界。急速に遠ざかる意識。死への恐怖を感じる間も無く、神凪颯太という生命が終わる。
…いや、完全に意識が消滅する寸前、空耳ではなく確固たる意志を持った声が脳に直接響いた。
「死後の世界は満員でぇす! なので第3世界へご案内いたしまぁす!」
そのふざけた喋り方に憤りすら覚えながら、俺の意識は完全に消えた。
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