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「――いってらっしゃいませ! ご主人様!」
ゆったりとした笑顔で最後の客を見送り、どうにかこうにか今日の仕事を終える。
一体全体、僕のどこがいいのだろうか。
今日もまた僕を男だとはいさ知らず「渚ちゃん頑張ってね」と、父が娘を見守るような生温かい目をして僕へと投票していった。
罪悪感がないでもない。けど、正体を明かそうとも思わない。
心の中でそんな複雑な気持ちが入り混じり、いっそうこのバイトに嫌悪感を抱く。
「お疲れ~今日はもう上がっていいわ」
全ての元凶はこの女。この女さえいなければな。
そうは思っても、情けなくも現状打破できやしない。今はただ、懸命に働くしかない。
「琴乃さんお疲れ様です」
心にもない挨拶を終えて、僕はさっさと店を出る。
それにしても、毎日同じような繰り返しだな。
日常という荒波に揉まれて、もしかしたら将来僕は、今日という日を思い出すこともなくなるのかもしれない。
月夜の明かりに照らされながら、僕は一人歩いて行く。
ここから家まではそう遠くはない。いつもと同じようにただ帰宅するのみだ。
そうしてしばらく歩みを進めていくと、見慣れた我が家に到着した。
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