第1章

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「ごちそうさま」 ちょうど親父が野球中継を見終わったころには、僕の食事も終わった。 「今日のご飯も美味かったぜ、お袋」 「あらあら、お粗末様でした」 お袋は頬に手をあてて嬉しそうな顔をする。 僕は決して自分の気持ちに嘘をつかず、率直な感想を述べるように心がけている。 もしご飯が不味かったら、例えお袋が作ったとしても僕は包み隠さず不味い、そう言うだろう。 人によっては、僕を無神経だと言うかもしれない。 けど、不味い時は不味い、美味い時は美味い、それを伝えるのが僕ら提供される側の役目だと思う。 とは言っても、お袋のご飯が不味いことなど一度も無い。 僕は食器をかたしていく。 その拍子に、こんなことを思いだした。 小さい頃、常に美味いご飯を作り続けるお袋を不思議に思った僕は、何故いつも美味いのかと聞いたことがあった。 その時「愛情を隠し味に使ってるからよ」と、言われたのだ。 いや、子供ながらにお袋の凄さを目の当たりにしたねあの時は。 「凛子のやつ、最近学校行ってんの?」 そんな昔のことを思い出していた僕は、先ほどから少し気がかりだった妹の凛子の様子をお袋に聞いてみた。 いくつになっても妹が心配なのだ、兄である限り。 その上、引きこもりときたもんだ。心配しないわけがない、そうだろ? 「ギリギリで単位と出席日数確保してるみたいよ? 凛子も中学校は卒業したいみたいね」 義務教育なんだから当たり前だろ。 「ふーん……お袋とは話せるもんな、凛子のやつ」 僕の妹は現在中三だ。引きこもり始めたのは中学入学と同時くらい。 原因は僕やお袋や親父にでさえ不明。 ただ一つだけ分かってることは、妹は男性恐怖症だということ。 小学生の頃はそんなことはなかったのだが、今では親父はおろか、兄の僕のことでさえ怖いみたいだ。 というわけで、この家で唯一妹とコミュニケーションできるのはお袋のみなのである。 「そうねえ……いつからこんな風になっちゃったのかしら、まったく」 まったくだ。我が子が引きこもり、これがどんなに親にとって辛いことだろうか。 まだまだ子供の僕には到底理解できないことなのだろう。
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