第1章

5/16

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
そう言って僕は、その場を足早に立ち去ろうとした。 しかし、この二人のやりとりを前にして、僕は今日で二度目の活動停止をしてしまう。 「銀ちゃん……あたしもう鼻血でそう……渚ちゃんが可愛過ぎて、鼻血でそう……」 「凛子ちゃん! こんなとこでくたばるわけにはいかないんだよ!? だってまだ、あ~ん、もやってもらってないんだよ!? 頑張らなくちゃ凛子ちゃん!」 なんで女なのに女に興奮してるわけ? さっぱり分からん。 そうして二人に恐れおののいていると、琴乃さんからフォローが入る。 「こら、渚? なにボーっとしてんの?」 「はっ、すいません……ちょっと意識が……」 「いいからとっとと戻りなさい」 「はい……」 琴乃さんと小声でやり取りして、僕はどうにか正気を保った。 ほどなくして二人からメイド特性オムライスの注文が入る。 まあこんなものは、はっきり言ってしまえばレトルトなわけだ。 料理のできない僕でもちょちょいのちょいさ。 その上値段は900円ときたもんだ。要するに詐欺です、こんなもの。 「お待たせしました、お姉ちゃんお兄ちゃん。渚の愛情た~っぷりのオムライスですっ」 出来立てのオムライスを、ゆっくりと二人の前に置く。 内心では「おらさっさと食って帰れ」と僕は思ってるわけだ。 しかしこれはあくまでも営業である。 だからこうして最大限の作り笑いをかましてやったのさ。 「渚ちゃんの愛情たっぷり!? そりゃもう貪り食べるしかないね!」 なんてはしたない。女子中学生が使うような言葉じゃないだろ、貪り食べるなんて。 「食べ終わった食器も舐めまわしたいぐらいだねっ!」 お前もかよ!? こんなやつらより僕のほうが女子力高いんじゃないだろうか。 そうして僕が悶々としていると、ツンツンと腹をつつかれた。 「でさでさ、渚ちゃんってどこの高校通ってるの?」 お前は男子高校生かっての。店員にナンパすんじゃねえよ、まったく。 「お姉ちゃんごめんね。それは秘密だよっ?」 これこそ営業スマイルならぬ、メイドスマイル。 例えどんな客を相手にしてもその笑顔が崩れることはない。 そう、まさしく鉄の仮面を被るが如きこの笑顔。破れるものか、お前らなんざ若造二人に。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加