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「なんとなくなんだけど、あたしのお兄ちゃんに雰囲気似てるんだよね、渚ちゃんって」
胃が焼けるような焦燥を感じた僕は、一瞬ではあったけれど少し笑顔に陰りを見せてしまう。
まさかこうも容易く破られるとは……。
必死に焦りの表情を隠しながら、どうにか僕は答える。
「そ、そうなんですか? それは凄く光栄なことですね……」
お兄ちゃんに雰囲気が似てるだと?
僕はいまだにまさかな、という思いが捨てきれずにいた。
「へぇ~。凛子ちゃんのお兄ちゃんって、名前なんて言うの?」
僕はメイドらしからぬ真顔のまま思わず息を呑み、その返答を静かに待った。
「渚だよ? 名前が一緒だったからつい変なこと言っちゃった。ごめんね渚ちゃん?」
「いえいえとんでもないです……」
その後、どういう接客をしたかは覚えてない。頭が真っ白になっていた。
きっとその後はただ、機械的に仕事をやり遂げたのだろう。
「お先に失礼します」
そう一言、店長の琴乃さんに告げ、焦りと疑問とを抱えたまま帰宅した。
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