第1章

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 2009年十一月二十四日。辻原依自(よりさだ)。  山田一家惨殺事件が起こった日だ。刑事である私はその捜査の担当になり、捜査本部が設立された事件発生翌日、事件現場が管轄である警察署の刑事――ショカツとでも表記するべきか――に案内されて現場に行った。  ショカツの態度が悪いのはいつもと変わらない。無愛想に送り出した後はパトロールカーにもたれて煙草をふかしていた。「火をくれないか」と頼んだ日にはライターを投げつけてくるかもしれないほどの剣幕だった。  さて、私は悪態つきを観察するためにわざわざ桜田門から来たわけでなく……彼に背を向けて「一家惨殺事件」の現場である家へと入った。  一歩立ち入ると、家屋内は血の匂いで満たされていた。  刑事としては全く普遍的かつ私にとっても普段通りの感想だが、しかし私はいつでもこの感想を持つことにしていた。  その行為に特に意味はない。しかし昔はこれくらいのタイミングで捜査を共にする部下――高塚と云ったか――がひょっこりと出てきて、いちいち状況を説明してくれた。 彼は生真面目であってその正義感故か、十年前に失踪した。そのときの彼の身の回りを取り巻く事情から、彼は死んだのだろうと私は思っている。 それとは関係ないが、この私の奇妙な習慣は、思えば、十年前から始まったものかもしれない。 初々しさを残したまま私の前から消えた一人の青年に対しての、無意識の弔いなのかは与り知らないところだ。  それからの私のペア――一般に警視庁捜査一課の捜査活動は二人一組で行われる――は山田と云う男だった。そう、昨日、殺害された。
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