第1章

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 彼は常に心ここにあらずのように、上の空で、しかし私はこういうたぐいの心配事が彼にあったとは微塵も気づくことが出来なかった。  十年の間に私は消えた部下に何の感情も抱かなかったのだろうか。その自問にはかろうじて首を横に振ることが出来る。だが何を学習したかと問われば、私は口をつぐんだまま何も出来ないだろう。残るのは、今度は相棒の家族まで全員死なせてしまったと云う事実のみだった。  そう言えば、部下と同じくして山田の息子は遺体が見つからず、消えた死人となった。  DNA鑑定により山田と親子関係にある――つまり彼の息子――現場の血痕が出血量的に生存している確率は無いとの報告であった。  ちなみに会議での報告は気に入らない性分である私は数日後に鑑識課で同じような質問をぶつけてみたのだが、やはり死んだことは確実と、怪訝そうな顔で言われた。 「みんな先に逝っちまう。」  まるで晩年の老父のような事が口をついて出た。  今年で四十四、自分の死を感じるにはまだまだ時期尚早である筈であるのに、今日ほど自分の死の順番を感じたことはない。目の前に広がる惨劇の痕が、まるで私からふき出されたものに思えて仕方がなかった。   何人の悲劇を背負って生きている身なのだろう。 見届けた、人間の死が多すぎた。 したがって、多分、今度隣人が悲劇に見舞われた時に私は、 私の命を以って、彼の犠牲に為る因果なのでは無いだろうか。
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