ののの湯

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   【十】  善ちゃんと呼ばれた男の言った通り、コーヒー牛乳は風呂上がりの方が断然美味かった。あまりに美味かったのでもう一本いこうかと、冷蔵庫に手を出そうとすると主人が、 「少し足りないくらいが良いのさ、やめときな」  そう言って、冷蔵庫の扉を軽く押さえた。 「おとうさん!」  商売を邪魔された女将が文句を言ったから、主人も言い返し始めた。私はといえば、主人の言うことがもっともだとして黙って下着を履くと、牛乳メーカーの名前が入ったベンチで横になってテレビを見ている善ちゃんに、百円玉を返すために声をかけたのだった。善ちゃんは、「ああ、どうも」と、素っ気なく百円玉を受け取っただけで、私の顔など見もしなかった。  この銭湯は、禁煙ではないらしく、脱衣場の端には当たり前のように灰皿があったので、私は窓から見える庭の様子を眺めながら煙草に火を着けた。庭には、季節がら紫陽花が咲いており、これからの季節の準備なのか土には竹が刺さっていた。恐らく朝顔か胡瓜、或いは茄子などを植えるのだろう。空がどんよりとしている事に気付いた私は、早目に帰った方が良さそうだな、などと考えていたのだが、そうしている間にポツポツと降ってきたので途方に暮れていると、善ちゃんが声を掛けて来た。 「近所だったら送るよ」 .
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