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【十一】
十分とかからないアパートまで、私は善ちゃんの車で送ってもらい、道すがら多少の会話をして、彼の胸が脹れている理由について察しがついたのは、彼が衣服を身に付けてからの仕草を見たからだ。年の頃は私と変わらないだろうと思われた善ちゃんだが、妙に古風な印象を受けたのは和装のせいである。それも浴衣の着流しなどとは違い、まるで時代劇に出てくる老舗の若旦那といった感じであり、履き物も立派なもので白い足袋まで履いていた。しかし違和感を覚えたのは髪型で、単なるロン毛ではなく、即席にしろ頭の天辺で団子にして紅い玉のついた簪で留めてあるのだ。これだけでもリアクションに困る上、すべての仕草がなんと言うのだろう、芝居がかって女性的なのだ。しかも話し方だけ初めから男性的だったので、一層のギャップを感じてしまう。
「こう言っちゃ失礼だけど、あんただってカタギじゃないだろ、その風体は」
善ちゃんが、どういう意味で言ったのかは分からないが、確かに私は公務員とか勤め人には見えないだろう。
「どういう訳か、あそこには誘われるように、そういうのが集まってくるんだよ」
善ちゃんは、三味線を弾いたり教えたりする仕事をしているらしく、いつも野々の湯で風呂に入ってから出掛けるらしい。つまり夜の仕事をしているから夕方に来るのだ。そういう私は現在無職であるから、当然夕方の一番風呂を狙えるだけのことである。
「三味線って……、どんな場所で披露するんだい?」
興味はなかったが、話の流れで質問すると、何でもこの辺りの繁華街の外枠にあたる旧街道に面するエリアは、古くから接待に使われている御座敷旅館が幾つかあって、そこに呼ばれるそうだ。そう言われると、現代でもそんなものが存続しているという事実に多少の興味を覚えるものだ。
「金持ちのじいさん達っていうのは、意外に文化を大事にするもんでね」
ずっとムッツリとしていた善ちゃんが、初めてニッコリと笑った。
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