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【十二】
それからというもの、私が野々の湯に通う頻度は上がり、善ちゃんのいうカタギではない人々とも知り合いながら、私は大抵一番風呂にありつき続けた。けれど、一月通っても森川さんに会う機会はなく、寧ろそんな期待など度外視に、この雰囲気に浸りに来ていたのである。しかし、果報は寝て待てのことわざ通り、ある日その機会はやって来た。
季節は梅雨入りしていたので、私はその日、車で野々の湯に来たのだが、丁度森川さんがバスを降りて暖簾を潜るところを目撃した。そこで、自分まで入場したのでは機会を失うと考えた私は、下駄箱の前にある腰掛けに座り、雨を眺めながら彼女を待った。軽いストーキングだな……、と、多少の恥ずかしさはあったにしろ、だからといってこのままでは、何か整合しないような気がしたからである。只少なくとも、彼女が時々はやって来ると分かったのが収穫だと言えた。つまり私は暇を持て余していたのだ。
二カ月ほど前に、私は風俗店の雇われ店長を辞めた。私の店がある一帯が大掛かりなガサ入れにあい、大半が営業停止を食らったのは、都市計画の余波に巻き込まれたのだと言える。というのも、界隈は古くから有名な風俗営業地帯であり、警察が黙認していたのは勿論税収の面からだったのだろう。しかし、ベットタウンとして人口増加が目覚ましい時代となった昨今、それを認めない風潮が強まって来たのだ。
思えば甘かった。我々は長くぬるま湯に浸かりすぎた為に、穴だらけの営業を続けてしまい、結局は退散するしかなくなってしまったのである。私が、同じ県内でも反対側の県に近い所へ越して来たのは、同業者の多くが此処に夢の続きを求めて民族移動を計画していたからだった。しかし、未だオーナーからの具体的な指示が無いまま時間だけが流れていったのだ。
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