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昔ながらの銭湯はボイラーひとつで湯を沸かすために、浴槽ごとには給湯をせず、浴槽が穴で繋がって一つの給湯口から循環するように流し込まれるそうだ。先ず、男湯のボイラー側から一番浴槽に入り込んだ熱い湯は、穴を通じて二番浴槽へ行く。そこからは女湯へ給湯されて行くのだが、この境目の穴は人ひとりが抜けられるほど大きいそうだ。
「一応、鉄柵はあるんだけどな、特に鍵があるわけじゃない」
主人は自慢気に胸を張って言った。
「お父さんやめてよ、うちから犯罪でも起きたらどうするのよ」
女将はやはり呆れ顔だが、主人は平然としている。
「女湯なんて、どうせ婆さんしか来ねぇから心配ねぇ。それにそんなことはみーんな知ってる」
二人が啀み合う中、私は服を脱ぎながら考えていた。道理で熱い訳だ。つまりは熱湯に近い湯を注ぎ込んで間もなくの風呂に入っていたのだから。それにしても主人は、熱湯の中から森川さんの裸体を覗いて、目は大丈夫なのだろうか。後で尋ねてみると、かなりのダメージがあったようだが、
「この痛みと引き換えにするだけの価値がある! それほどの美人だ。それにな……」
主人は顔を近づけてニンマリすると、小声で言った。
「馬鹿になれん男じゃあ、つまんねぇだろ」
そこは解る。
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