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【十三】
夢の続きとなる町は田舎だ。とは言え、近年の人口数はうなぎ登りだと聞く。要は宅地が増えて増税前ということもあり、建築ラッシュらしいのだ。しかし私には一抹の不安があり、この雰囲気は色町になりにくいとも見ていた。確かに更地が多く、オーナーたちは土地を確保できれば、一帯を歓楽街に出来ると踏んでいるのだろうが、明らかに空気が違う。この町は混沌とはしていても闇にはなり得ない、そんな空気だったのだ。闇というのは、「はい、ここを闇区域とします」などという取り決めで生まれるものではない。表通りの直ぐ裏に何時の間にやら発生していた、そういうものなのだ。一部の変態を除いて、表通りでセックスする者などはいない。家の中でさえ寝室には秘密があって、子供が立ち入ってはいけない部分がある。それが闇らしい闇と言えるだろう。
以前居た町は、私が生まれる遥か昔から競艇場やオートレース場があり、そんな背景から色町が公然と存在できたに過ぎず、言い換えるなら町全体が社会の闇を担っていたのだ。だが市は、そんな闇を脱却したクリーンなイメージを欲しがって我々を追い出したのだ。つまりそれ以上の税収を見込めると判断したということは、今の日本には闇を配置する風潮が無いということになりはしないだろうか。オーナー達の見込みは、要するに無くなった闇を遠くにおけば、客は追ってくるだろうという単純なものにすぎなかった。だが、二カ月も連絡がないのは、或いは私と同じ見解に至ったのかもしれない。
ある日、先に来ていた善ちゃんに誘われて晩飯を食うため蕎麦屋へ行った。近頃ではこんな付き合いも珍しい事ではなくなっていたのだ。今では善ちゃんとは大分親しい仲であり、彼の素性についてもある程度は知っている。年齢は私より二つ上で、十年ほど前に他県から東京にやって来たのは、ニューハーフになるためだったそうだ。
「あの時は本気だったんだよ。今考えると夢のような話なんだけど……、なんだったのか自分でもわからん」
そう笑いながら、いかにも男らしく蕎麦を食うが、じゃあ今もどうして女のような紛らわしい格好をしているのかと言えば、
「こりゃ仕事着だよ。三味線弾きっつっても、それだけじゃあ現場にゃ出れん。客が望んでるのは束の間の夢なんだからな」
つまり、ちょっとした異界の演出が必要不可欠なのだろう。
「但し、胸は金が無くて治せないだけだ」
笑って善ちゃんは付け加えた。
そして、
「明日から暫くは伊香保へ遠征だ」
「何処へ?」
「温泉街だよ。ああいうところでは今も需要があるんだが、何せ偽物ばっかりだから、時々講師として呼ばれるんだ」
「講師?」
「うん、まあ俺もそれほどの者じゃないんだが、一応正式な教育を受けた芸人だからね、重宝されてるんだよ」
善ちゃんの実家は由緒正しいナントカ流派だそうだ。
「こんな時代だ。いつまでやれるのかは分からんが、これしか芸はないからね。新宿でやってた時もこれだけで食えたもんさ」
それから暫く善ちゃんと会う機会はなく、次に会ったのは一月近く後になるが、その代わりのように、森川さんと会う機会に恵まれた。
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