ののの湯

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   【十四】  数日経ったある日、風呂を楽しんだ後に暖簾を潜ると、下駄箱の腰掛けに森川さんが座っていた。前回会ってから3日ほどしか経っていなかったので意外に思えたが、湯上がり美人を見るのは良いものだ。 「これからかい?」  と、尋ねると、 「ううん……、もうずいぶん前なの。バスが出ちゃったらしくて……」 「そうなの? 良かったら送ろうか?」  私は彼女が湯冷めしないかを心配したのだが、彼女は暫く迷っていたようだ。確かに、いくら幼馴染みとはいえ、いや、寧ろだからこそ警戒されても可笑しくないだろうから、逆に困らせただけかもしれない。そう思うと、黙っている森川さんに申し訳なくなって、何かフォローできないかと言葉を探して私は言った。 「ああ、確かに俺と一緒にいるところを、知り合いに見られたりしたら体裁悪いよな。ごめんごめん、断りにくいこと言ってごめんよ」  すると森川さんは、 「ありがとう。でも違うの……、あたしの都合なの。体裁悪いなんて全然無いよ」  そう否定してくれたが、鵜呑みにするほど私も素直ではなかった。  彼女と同じクラスになった頃の私は、不良少年としての頭角を現し始めた時期だ。少なくともクラスでは一番のヤンチャであり、進級前には、校内でも五本の指に入る存在となる。この野々の湯で再会した時に、彼女が私を変わらないと言ったのは、そういう意味だったのだ。 「違うの本当に! 松下くんを、あたし悪くなんて思ってないから」  少し強い口調でそんな風に言われた私は、仕方なく次のバスが来るまで、その場で彼女に付き合うことにした。とは言え、二人の共通点などさほどある筈もない。強いて言えば、彼女の姉と兄のことになるが、余り話が広がらなかった。そんな折に彼女が質問してきた。 「山野辺くんって覚えてる?」  うすらぼんやりだが覚えていたのは、背の高い男というくらいだった。 「彼が松下くんの隣の席だった時に、クラス委員長に立候補するよう説得したんだ」  言われてみると思い出した。確かに、山野辺が隣の席で、それを説得する森川さんの姿を私は覚えている。いや、更に思い出したのは、その時私が山野辺に感じた嫉妬だった。 .
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