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山野辺は特になんという事もない男なのだが、森川さんは熱心に彼を説得していた。なのに山野辺は半分寝惚けたようなリアクションで拒否していた。私は内心、「なんでコイツなんだよ?」と、腹立たしく感じたが、その時は聞こえないふりをしていたものだ。
「あれね、ほんとは松下くんに言いに行くつもりだったんだよ」
「……俺?」
十年前の嫉妬に対する意外な事実を知った私だった。
「さあ言うぞ……、と、席を立ったんだけど、松下くんの前まで来たらビビったんだね。思わず隣で居眠りしてた山野辺くんに言っちゃったんだよ」
「へぇ……、森川さんって……、話が上手なんだね」
私が誉めたのは、中学時代の彼女ではない。互いにもて余すこんな時に持ち出す話題としては、ナイスだと思ったからである。実際、幼馴染みが成人してから再会したとて昔の話以外にはないだろうが、さほど親しくなかったとなるなら難しい。かといって現在の話をしてもまったくつまらないもので、かえって溝が深まったりするものだろう。
「ありがと。で、何でかって言うと、あの頃って学校が荒れてたでしょう? 松下くんは何時もクラスを締めてたから、だったらそのまま委員になればいいじゃないって思ったんだよね」
「それは素晴らしいアイデアだ。是非やらせてくれよ」
ここまで良い調子で話していた彼女だったが、私のつまらないリアクションに引いてしまったのか、そこで口を閉じた。森川さんは妙に真剣な顔をして、私の目を覗き込んでいた。そうだ、彼女は何時もこんな表情だった。教師と話す時もこんな表情で食い入るようにしていた。私には非常に魅力的に見えていたのを思い出した。
「うん、松下くんだよね、もしかして違う松下さんと間違えてたかな? と、思った今」
「なんで?」
「松下くんって、凄く怖いイメージでさあ、冗談言うタイプに思ってなかったから」
「それなら俺も同じさ、森川さんは超優等生だから、冗談は言わないのかと思ってたよ」
すると彼女はニヤリとした笑顔になって、
「今は違うけどね」
と、私のイメージをはぐらかしたのだった。
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