ののの湯

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   【十八】  数日後、善ちゃんから「帰って来たから野々の湯に行きたいので、駅まで迎えに来て欲しい」と、電話が掛かってきた。暇を持て余す私には断る理由がない。迎えに行き一緒に風呂に入って、それから晩飯を食べていると善ちゃんは「俺の仕事に興味はないか?」と、尋ねてきた。あるかないかで言えばある。それも三味線にではなく、善ちゃんの棲息する『闇』に対してである。  すると善ちゃんは嬉しそうに「見せてやる」と、言って、その晩の座敷へと誘ってくれたのだ。  地元の金持ちが集まる座敷に、どうして私が入り込めるのかは多少疑問があったが、私にとってそこはどうでもよいというか、なるようになるというか、あまり拘りを感じることはなかった。  約束の時間に、約束の「駒津屋」という料亭の裏口へ入ると、そこにはぎょっとするほど異様な姿をした善ちゃんがいた。汚ない芸者とは、このことをいうのだろう。明らかに美しく装おおうとする気を感じない化粧をした善ちゃんの姿は、どちらかと言えば男前といえる普段の良さを完全に壊している。第一、派手な振り袖というのは、女性でも若くないと見苦しく感じる難しい着物だから、男が着ている時点で醜いものだ。 「まあ、そういう場所なんだよ」  善ちゃんは笑うが、私には何故かそれが、うら悲しく感じたのである。  店の中は外観通り古風な宮作りのままであり、築百年は経つと思われる。あちらこちらでは絶え間なく笑い声が響いているので、盛況なことがわかる。私は善ちゃんの後ろに付きまとうついでに、一階の渡り廊下を歩き、立派な中庭を挟んだ奥座敷へと辿り着いた。中では宴もたけなわといった雰囲気である。 「黙っていたが、実はお前をある人に会わせたくて連れてきた」  いつになく真面目な……、いや、この姿ではもう恐ろしくも感じる顔で善ちゃんが、そう口を開いた。 「ふぅん……、誰?」 「この色町の実力者なんだが、跡を継ぐ若いのを募っているんだよ。俺はお前ならイケるんじゃないかと思って連れてきたんだが構わないか?」  何を今更……。結局私は、こうやって流されて生きてきたのだから、目の前にある機会を有難いとしか思わない。それに、きっと今後もこういう世界で生きていくしかないような気がしている。学歴もないし特別な技術も持たない私が、唯一得意とするのは女の扱いくらいのもので、また他に夢があるわけでもないのだから。 .
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