ののの湯

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   【六】  洗い場は、湯殿の中央に向かい合わせる形の作りだったから、私は先客と隣り合わせか向い合わせか、どちらかを選ぶしかない。しかしまあ、どう考えても先客が女とは考えにくいし、気になってチラチラ見るくらいなら向かい合わせに座る事とした。鏡の隙間越しに見ると、先客はちょうど洗髪しており、今度は洗剤が目に入らないようにか、やはりひしゃげた表情で力一杯目を閉じていた。堂々と構えたつもりの私だったが、実際どうしようかと少し困ったのは、そんな頭を掻きむしるような姿だったので、胸の膨らみが明らかに確認出来たからだ。  さて……、どうしようか。しかし、胸以外はどう見ても髪が長いだけの男にしか見えない。細身の体は筋肉質で、肩幅だって十分に広いし、第一その体を洗う荒っぽい仕草が男そのものだ。つい、まじまじと見つめていると、先客が桶で頭を洗い流し始めたので、私は目を逸らして体を洗い始めたところで、 「あんまり……、気にしないでくれよ」  と、照れたような男の声が向かいから聞こえたのだった。何と返事をしてよいやらと、まるで言葉を思い付けなかった私だが、だからと言って無視をするのは更に気まずくなると思い一言、 「わかった」  とだけ言っておいた。 .
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