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【七】
先客はそのまま、湯船には浸からずに湯殿を出た。私は、もう一度あのクソ熱い湯に浸かりながら天井を見上げて、森川さんのことを考えた。バスに乗ったということは、近所に住んでいるわけではないだろう。かといって、こんな時期に浴衣を着るような催し物が、この辺りにあるのだろうか? 少なくとも近くには大学もないし、こんな時間に銭湯とは……、わざわざ調べてから訪れるほど彼女は物好きなのだろうか……。
そんな事をうすらぼんやりと考えてはいたが、初恋の人に再会した高揚感や思い出に浸ることはなく、この時私を支配していたのは、彼女が私の想定していた通りの素晴らしい美女であったことが証明された嬉しさのみだった。ニキビ面の地味でノッポの優等生が、よもやあそこまでの大輪の花になっていようとは、私以外には絶対に誰も思っていないだろう。いや、恐らく同級生達の大半は、彼女の記憶すらないと思われるから、もし私がこの事を話したとしても、先に彼女の存在を思い出させねばならない。まあ、誰に言うことも今後ないだろうが、それでもあれほどの美女に、是非もう一度お目にかかりたいものである。
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