ののの湯

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ののの湯

 桜の花が散りきった頃、越してきたばかりの町を散歩していると、古風な銭湯を見つけた。 『野々の湯』  私は、こういった古風な宮作りの建物と、変わった響きを持つ言葉に敏感なのもあり、丁度開店したての夕方五時を少し過ぎた処だったので、一番風呂にありつけるかもしれないなどと期待しつつ、気まぐれに暖簾を潜ったのである。  右が男湯入り口であり、古風な木製の下駄箱や、ピカピカにニスが塗られたスノコが何となく嬉しく感じて暫し眺めていると、女湯側からカラフルな浴衣を着た女が出てきた。浴衣には大分早い時期なので違和感を覚えたのと、銭湯の玄関で若い女と出会すなどとは予想外だったので、少し気まずく思って一瞬そっぽを向いた私だったが、目の端に入ってくる女の下駄を履く仕草が非常に美しく、つい目がいってしまった。  ――あれ?  まさかとは思いつつ見入ってしまったのは、女が顔を上げたので目が合い、それが知っている女性とイメージがだぶったからである。女は、「何か?」という感じで伺っているようだったが、やはり私に心当たりがあるように思われた。仕方ない、私から切り出すか。 「あの……、森川さん?」 .
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