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鈴木の声がゆっくりと、あたしの耳に忍び込んできた。夜の始まりにあたしは人のベッドの上で、その声に震える。
『だが、君は裏家業の人間だろ。俺もそうだ。犯罪を飯のネタにしている人間は、表社会とは交われない』
「・・・・」
あたしの反応を待たずに、鈴木は平坦な声で続ける。こんなこと下らない、と思っている気配がした。
ヤツにとってはあまりにも当たり前のことなんだろう。
『俺達は言ってみれば、戸籍のない人間だ。表の人間と交わっていつまでもやっていけると、本当に信じているのか?』
ごくりと唾を飲み込んで、あたしは軽く頭を振った。鈴木に惑わされてはいけない。
「・・・論点がずれてない?あたしはあなたとは仕事をしないって言ってるのよ」
声が低くなった。動揺を悟られてしまう。
鈴木の声はそのまま続く。
ただ事実を述べているだけって感じが、余計にあたしの心を揺さぶった。
『根本的な話さ。現に君はその表社会との繋がりを、俺に利用されただろう?』
「・・・そうね、ムカついたわ」
くっくっく・・・と笑い声がした。本当に楽しんでいるのだろうと思った。予想を裏切るあたしの返答が面白いと、一緒に暮らしている時に何度も聞いたから、確かだ。
あたしはただ黙ってベッドに座り込んでいた。一緒に笑う気になんてなれない。
声に笑いを含んだままで鈴木は続ける。
『とにかく、俺は君の腕とその正直さを買っている。それに君だって、スリを止めるつもりはないんだろう?』
鈴木の言葉はゆっくりと、だけど確実にあたしの心臓に突き刺さる。その一本一本のトゲが作る傷をあたしは判ってしまう。
『なら、ゆっくり考えてくれ。趣味だというのなら止めやしないが、表社会と関わって無駄に自分を傷つけるのは止めたほうがいい。休みから戻ったら、また連絡する』
だから、いいってば―――――と言おうと思った時には既に電話は切れていた。
あたしはベッドの上に携帯を投げ捨てる。
鈴木の言葉が頭の中を回っていた。
起きた時にはあった、甘い余韻を残した素敵な空気は見事に消え、寒々とした暗い部屋だけが目の前に存在した。
あたしは思わず体を震わす。
・・・・そうか、冬だったんだ、と思った。
そしてあたしは紛れもなく――――――――まだ、犯罪者なんだ。
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