第5章 帰還と躊躇

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 鈴木の声がゆっくりと、あたしの耳に忍び込んできた。夜の始まりにあたしは人のベッドの上で、その声に震える。 『だが、君は裏家業の人間だろ。俺もそうだ。犯罪を飯のネタにしている人間は、表社会とは交われない』 「・・・・」  あたしの反応を待たずに、鈴木は平坦な声で続ける。こんなこと下らない、と思っている気配がした。  ヤツにとってはあまりにも当たり前のことなんだろう。 『俺達は言ってみれば、戸籍のない人間だ。表の人間と交わっていつまでもやっていけると、本当に信じているのか?』  ごくりと唾を飲み込んで、あたしは軽く頭を振った。鈴木に惑わされてはいけない。 「・・・論点がずれてない?あたしはあなたとは仕事をしないって言ってるのよ」  声が低くなった。動揺を悟られてしまう。  鈴木の声はそのまま続く。  ただ事実を述べているだけって感じが、余計にあたしの心を揺さぶった。 『根本的な話さ。現に君はその表社会との繋がりを、俺に利用されただろう?』 「・・・そうね、ムカついたわ」  くっくっく・・・と笑い声がした。本当に楽しんでいるのだろうと思った。予想を裏切るあたしの返答が面白いと、一緒に暮らしている時に何度も聞いたから、確かだ。  あたしはただ黙ってベッドに座り込んでいた。一緒に笑う気になんてなれない。  声に笑いを含んだままで鈴木は続ける。 『とにかく、俺は君の腕とその正直さを買っている。それに君だって、スリを止めるつもりはないんだろう?』  鈴木の言葉はゆっくりと、だけど確実にあたしの心臓に突き刺さる。その一本一本のトゲが作る傷をあたしは判ってしまう。 『なら、ゆっくり考えてくれ。趣味だというのなら止めやしないが、表社会と関わって無駄に自分を傷つけるのは止めたほうがいい。休みから戻ったら、また連絡する』  だから、いいってば―――――と言おうと思った時には既に電話は切れていた。  あたしはベッドの上に携帯を投げ捨てる。  鈴木の言葉が頭の中を回っていた。  起きた時にはあった、甘い余韻を残した素敵な空気は見事に消え、寒々とした暗い部屋だけが目の前に存在した。  あたしは思わず体を震わす。  ・・・・そうか、冬だったんだ、と思った。  そしてあたしは紛れもなく――――――――まだ、犯罪者なんだ。
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